開催報告

2025年度 第8回 都医学研都民講座(2026年3月14日(土)開催)
核酸医薬による超個別化医療


ゲノム医学研究センター センター長 川路 英哉

2026 年3月 14 日(土)、2025 年度 第8回 都医学研都民講座を開催しました。テーマは「核酸医薬による超個別化医療」です。たった一人の患者さんのために薬を設計しその方に届ける──これまでの薬の常識では考えにくかったことが、世界では現実のものになりつつあります。今回はその最前線に立つ東京科学大学の桑原宏哉先生をお招きし、核酸医薬を用いて遺伝子異常に挑むオーダーメイドの新薬開発に関するご講演をいただくと共に、私からはその背景となる遺伝子と RNA の仕組みについて解説をさせていただきました。

桑原先生は希少難病の臨床医であると同時に、東京科学大学・核酸・ペプチド創薬治療研究センター(TIDE センター)で核酸医薬の研究を一貫して進めてこられた研究者です。ご講演の冒頭でまず、核酸医薬という新しいタイプの薬の紹介がありました。なかでも今回の主役であるアンチセンス核酸は、特定の RNA に結合することで遺伝子の働きを抑えたり、逆に補ったりすることで、病気の原因に直接働きかけられる、というのが大きな特徴です。

講演の中心は、患者数が数十人程度の極めて稀な遺伝性難病(ナノレア)に対する「超個別化核酸医薬」の取り組みです。製薬企業が採算面から開発に踏み切れないナノレア疾患に対し、患者一人ひとりに合わせた医薬品を個別に開発しその方に届けることを目指すもので、その試みを「超個別化核酸医薬」と呼びます。米国では非営利団体 n-Lorem 財団が核酸医薬を用いたアプローチでこの取り組みを先導し、約 50 名の患者さんに薬が提供されているそうです。

桑原先生らは、これを日本でも実現しようと精力的に取り組んでおられ、第1例目として選ばれたのは、HNRNPH2 遺伝子異常による発達障害を持つ6歳の女の子です。米国側との連携や、ご家族・患者会の理解などの条件が整ってきており、早ければ年内の投与開始を目指して準備が進んでいる、とのお話でした。従来の創薬では一つの薬に 10〜 20 年という期間や数千億円もの費用が必要な一方、核酸医薬では、必要な配列さえ決まれば化学合成で比較的容易に製造でき、既存薬の安全性情報を参考にできるため、通常よりもはるかに少ない期間と費用で患者さんに届けることが可能になります。

続いて私からは、核酸医薬の背景にある遺伝子の話をさせていただきました。私たちのからだは、ゲノムという ATGC の並び(= データ)から、RNA という写し取りを経て、タンパク質という部品が作られて成り立っています。従来の医薬品はタンパク質を標的とすることが多かったのですが、核酸医薬は一つ手前の RNA を標的とします。RNA は配列さえ分かれば原理的にどんな遺伝子でも標的にできるうえ、患者個々の変異にも対応できるため、超個別化医療の可能性を秘めています。

質疑応答では、研究費の規模や仕組みの持続可能性、効果の人種差、製造の国産化、遺伝子治療との違いなど、会場と Zoom の双方から多くの質問が寄せられました。桑原先生からは、まず日本での1例目を成功させ、長期的にこの仕組みをどう支えていくかを、患者さん・ご家族、国や産業界とともに考えていきたい、とのお答えがありました。

参加者の皆様とともに、新しい医療の形を一緒に考える入口となる時間であったと思います。

桑原先生
桑原先生
川路センター長
川路センター長
講演の様子
講演の様子