東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2020年5月15日
睡眠プロジェクトの嶋多美穂子協力研究員、宮川卓主席研究員、本多真副参事研究員らは「ナルコレプシーにおけるヒスチジン―ヒスタミン経路の異常を発見」について米国科学誌『SLEEP』に発表しました。

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ナルコレプシーにおけるヒスチジン―ヒスタミン経路の異常を発見

当研究所睡眠プロジェクトの嶋多美穂子協力研究員、宮川卓主席研究員、児玉亨客員研究員、本多真副参事研究員らは、ナルコレプシー患者の脳脊髄液中の代謝プロファイリングを明らかにすることで、ヒスチジン―ヒスタミン経路の異常がナルコレプシーの病態に関わることを明らかにした研究成果が、米国科学誌『SLEEP』に掲載されました。

<論文名>
“Metabolome analysis using cerebrospinal fluid from narcolepsy type 1 patients”
<発表雑誌>
米国科学誌「SLEEP」
DOI : 10.1093/sleep/zsaa095
URL:https://academic.oup.com/sleep/article/doi/10.1093/sleep/zsaa095/5837570

研究の背景

ナルコレプシーは、睡眠発作、情動脱力発作(カタプレキシー)などを主な症状とする代表的な中枢性の過眠症です。睡眠発作は患者を突然襲う耐え難い眠気により、眠り込む発作です。情動脱力発作は、笑ったり、驚いたりしたときなど、急激な情動の変化を契機に脱力が起こる発作です。ナルコレプシーには遺伝的要因が関わることが知られております。私たちの研究グループでは、これまでに代謝関連遺伝子の遺伝子多型がナルコレプシーの発症と関わることを報告してきました。現在、ナルコレプシーの病態にどのように代謝が関わるかを明らかにするために研究を行っています。

脳脊髄液のメタボローム解析

その一環として、ナルコレプシー患者の脳内における代謝プロファイリングを網羅的に明らかにするための研究を行いました。サンプルとして脳脊髄液を用いましたが、従来の方法では網羅的な解析が容易ではありませんでした。そこで今回、キャピラリー電気泳動(CE)と高分解能質量分析計(HRMS)を接続した新たに開発された方法(CE- HRMS)により、脳脊髄液中の代謝物を網羅的に解析することにしました。実際にナルコレプシー患者14例とコントロール17例から得られた脳脊髄液を対象にCE- HRMSにて測定した結果、268種類の代謝物の測定が可能であることがわかりました。次に、測定された各代謝物をナルコレプシー群とコントロール群で比較したところ、必須アミノ酸の一つであるヒスチジンの濃度がナルコレプシー群で有意に高いことがわかりました(図1)。次に、ナルコレプシー群とコントロール群間で差が認められる代謝物が、特定の経路に存在するかを明らかにするために、パスウェイ解析を実施しました。その結果、最も有意なパスウェイとしてグリシン、セリン、トレオニンの代謝パスウェイが検出されました。他に検出されたパスウェイには、同じくアミノ酸であるアラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸の代謝パスウェイがありました。興味深いことにナルコレプシーと関連したこれらのアミノ酸は、全て糖原性アミノ酸であり、さらにコントロール群に比べナルコレプシー群で同様に高い濃度を示していました。これまでの私たちの研究で、ナルコレプシー患者では脂肪酸の代謝がうまく働いていないことを明らかにしています。今回の研究で見出したナルコレプシー患者で認められた脳脊髄液中の糖原性アミノ酸濃度の上昇は、脂肪酸代謝を補完するために起こっているのではと考えています。

図1.

ヒスチジン―ヒスタミン経路とナルコレプシー

前述しましたヒスチジンは、ヒスチジン脱炭酸酵素の働きによりヒスタミンに合成されることが知られています(図2)。ヒスタミンは、炎症やアレルギー反応を引き起こす神経伝達物質ですが、覚醒状態を維持する働きがあることも知られています。抗ヒスタミン薬はアレルギー疾患の治療に使われますが、副作用として眠気があるのは、覚醒状態を適切に維持できなくなるためです。また一部の抗ヒスタミン薬は、薬局において処方箋なしで購入できる睡眠薬として認可されています。

そこで次に、ヒスチジンとヒスタミンに標的を絞って高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により脳脊髄液中の濃度を測定することとしました。サンプル数もCE- HRMSの際よりも増やして、ナルコレプシー患者18例とコントロール28例としました。HPLCによる測定の結果、CE- HRMSと同様に、ヒスチジンの濃度がナルコレプシー群で有意に高いことが確認できました(図3)。異なる二つの方法で結果が再現できたことは、測定のエラーなどではなく、確かな結果であることを意味します。次にヒスタミンですが、その濃度がナルコレプシー群で有意に低いことがわかりました(図3)。図2のように同程度にヒスチジンからヒスタミンが合成されている場合、ヒスチジン濃度が高ければ、ヒスタミン濃度が高くなることも想定されます。しかし今回の結果のように、逆にナルコレプシー患者ではヒスタミン濃度が低いということは、ヒスチジンからヒスタミンへの合成が適切に行われていないことが示唆されます。今後の研究課題となりますが、ヒスチジンからヒスタミンへの合成を促進することにより、ナルコレプシーの症状が改善するか検証する必要があると考えられます。

図2.
図3.

睡眠検査の結果と関連する代謝物

CE- HRMSにより脳脊髄液中のメタボローム解析を実施した症例は、睡眠ポリグラフ検査(PSG)と睡眠潜時反復検査(MSLT)が行われています。そこで、これら検査の結果とメタボロール解析により得られた各代謝物に関連性が認められるか解析を行いました。結果として、5’-deoxy-5’-methylthioadenosine(MTA)がPSG時の無呼吸低呼吸指数(AHI:1時間あたりの無呼吸と低呼吸を合わせた回数)と有意な関連を示し、MTA濃度が低いとAHIが高い値を示しました。なおAHIの解析症例に関してですが、睡眠関連呼吸障害の重症者は含まれていません。MTAはがんや炎症に関与するとの報告はありますが、MTAと睡眠に関してはこれまで報告がなされていません。そのため、MTAがどのように睡眠時の無呼吸や低呼吸に関与するか機能的な検討が必要です。またその他MSLT時のレム潜時(入眠時からレム睡眠が出現するまでの時間)と関連する代謝物として、γ-アミノ酪酸(GABA)やカフェインの代謝物が検出されました。これまでの多くの研究でGABAやカフェインは睡眠と深く関連することが報告されています。今回の研究では、睡眠の中でもレム睡眠の出現のし易さとの関係が確認できました。

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