東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014

2021年1月15日
糸川昌成副所長らは「神経細胞の形は人それぞれであり、脳の場所でも違うことを発見~統合失調症や個性(パーソナリティ)の仕組み~」について英文誌 Translational Psychiatry に発表しました。

English page

神経細胞の形は人それぞれであり、脳の場所でも違うことを発見
〜統合失調症や個性(パーソナリティ)の仕組み〜

当研究所の糸川昌成副所長らは、統合失調症では脳の場所によって神経突起が蛇行し、細くなっていることを見出したと発表しました。本研究は、名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野の尾崎紀夫教授、東海大学工学部生命化学科の水谷隆太教授らのグループと共同で研究を行い、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム発達障害・統合失調症等の克服に関する研究(発達障害・統合失調症・てんかん等の鑑別、病態、早期診断技術及び新しい疾患概念に基づいた革新的治療・予防法の開発)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の研究助成により実施しました。

この研究成果は、2021年1月14日(木曜日)(日本時間)に英文誌『Translational Psychiatry』にオンライン掲載されました。

<論文名>
"Structural diverseness of neurons between brain areas and between cases"
(神経細胞の構造は脳の場所や個人によって異なっていた)
<発表雑誌>
英国科学誌「Translational Psychiatry」
DOI : 10.1038/s41398-020-01173-x
URL:https://doi.org/10.1038/s41398-020-01173-x

発表のポイント

  • ヒト脳の神経細胞の三次元構造を、日米の放射光施設でナノCT法により解析した。
  • 神経突起の曲がり方が、脳の場所や個人の間で異なっており、性格や知能の個人差に対応すると思われる。
  • 曲がり方の差が、統合失調症では健康な場合の最大3.9倍を示し、脳機能へ影響を与えうるほど違う。

発表概要

糸川昌成副所長らの研究グループは、高輝度光科学研究センターSPring-8・高エネルギー加速器研究機構・米国アルゴンヌ国立研究所との共同研究で、ヒト脳の神経細胞の三次元構造をナノCT法により解析し、統合失調症では神経突起が蛇行し、細くなっていることを見出しました。統合失調症の治療薬は今のところ対症療法的なものしかなく、アンメット・メディカル・ニーズの高い分野です。今回、病気と関連が示唆される神経細胞の変化が同定されたことから、原因に基づいた治療法への道を開くと期待されます。

発表内容

統合失調症では、脳の特定の場所が萎縮することが知られています。例えば、眉間の奥の「帯状回」と呼ばれる場所や、耳の近くの「側頭葉」と呼ばれる部分です。しかし、その中の神経細胞がどのように変わっているのかは、明らかではありませんでした。今回の研究では、ナノトモグラフィ(ナノCT)法と呼ばれる方法をヒト脳組織に応用し、神経細胞の構造をナノメータースケールで解析しました。この測定法は、CTスキャンの原理により微細な三次元構造を観察する技術で、「はやぶさ2」の帰還試料の解析にも応用が計画されています。糸川副所長らの研究グループは、脳の部位のうち、上側頭回Brodmann area 22(BA22)と前帯状回BA24の脳組織を用いて、日米のシンクロトロン放射光施設SPring-8とAdvanced Photon Sourceで実験を行いました(図1)。

図1

図1.
米国アルゴンヌ国立研究所Advanced Photon Sourceでの測定。左上:測定施設外観。右上:実験棟内の様子。左下:ナノCT測定装置。右下:神経ネットワークを測定したところ。

このようにして得た三次元像をトレースすることで、神経細胞の構造をデカルト座標系で再現しました。その座標値から、微分幾何学を応用することによって、神経細胞を統合失調症例と対照例で比べました(図2)。すると、神経突起の形が脳の場所や個人の間で異なり、ひとりひとりが違う形をもっていることがわかりました。ヒト脳は場所で機能が違い、今回解析したBA22は言葉や音に関連する働きを担い、BA24は感情の動きや認知機能に関わります。そのような場所で個人差があるということは、知能や性格などの脳機能の個性が、細胞の形の違いによって生まれている可能性を示しています。個性や多様性を重んじる社会の重要性を、ミクロのレベルからとらえなおすインパクトを持った発見と言えます。

図2

図2.
統合失調症例の脳組織のナノCT法による三次元解析。A:上側頭回BA22と前帯状回BA24の脳組織の内錐体細胞層(Layer V)をナノCT法で可視化した。スケールバー10 μm。B:その構造をトレースしてデカルト座標系で再現した。C:縦に走る神経突起や、そこから横に突き出ている棘突起をトレースした様子。D:青で示した神経突起は蛇行しており、グラフでも高い曲率の位置にプロットされる。黒い突起は比較的まっすぐで、低い値を示す。

さらに、神経突起の曲がり方(曲率)を詳しく調べると、統合失調症例では対照例に比べて曲率が高く、最大で3.9倍になることがわかりました(図3)。また、曲率は神経突起の太さと反比例し、シナプスを形成する棘突起の太さとも反比例していました。これらのことから、統合失調症では、神経突起が蛇行し、細くなっていると結論しました。神経突起や棘突起が細いと、遠い細胞に情報が伝わりにくくなり、脳の機能に影響を与えることになります。

図3

図3.
上側頭回の脳組織の神経ネットワークの例。左の統合失調症例では神経突起が細く蛇行しているのに対し、右の対照例では、太くまっすぐになっている。スケールバー10 μm。

これまで、神経細胞の形が個人の間や脳の場所で比べられたことはありませんでした。今回の研究から、神経細胞の形が脳の場所によって異なっていること、その違いは統合失調症と健康な人で異なっていたのみならず、個人の間でも異なっていることがわかりました。従来の顕微鏡による方法では、立体的な脳を平面的な画像で観察していたため、偶然決まった方向で見ることとなり、形を正確に再現できていませんでした。今回、日米のシンクロトロン放射光施設で脳組織を立体構造のまま解析できたことが、ブレイクスルーをもたらしたポイントだと考えます。

統合失調症は120年前にドイツの精神医学者エミール・クレペリンによって提案された疾患概念です。クレペリンは統合失調症の基礎に、代謝の障害と神経細胞の変化を予言しましたが、これまで両者を関連付けた知見は得られてきませんでした。本研究の成果は、統合失調症の脳の変化のひとつとして、120年前に予言された神経細胞の変化を提示するものです。統合失調症の治療薬は、現在のところ対症療法的な薬剤しかなく、アンメット・メディカル・ニーズの高い分野です。今回、病気と関連が示唆される神経細胞の変化が同定されたことから、原因に基づいた治療法の確立に道を開くと期待されます。

This research used resources of the Advanced Photon Source, a U.S. Department of Energy (DOE) Office of Science User Facility operated for the DOE Office of Science by Argonne National Laboratory under Contract No. DE-AC02-06CH11357.

米国アルゴンヌ国立研究所の記事はこちらへ

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014