東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2021年5月11日
小原道法特別客員研究員らの研究グループは、「インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドは動物モデルで肺炎を抑制する」について英国科学誌「Nature Communications」に発表しました。

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インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドの発症阻害機序を解明

小原道法特別客員研究員らの研究グループは、インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドを開発し、その発症阻害機序を動物モデルで解明し,中分子ペプチドの新たな抗ウイルス薬としての可能性を英国科学誌「Nature Communications」に発表しました

<論文名>
インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドは動物モデルで肺炎を抑制する
“Macrocyclic peptides exhibit antiviral effects against influenza virus HA and prevent pneumonia in animal models”
<発表雑誌>
英国科学誌「Nature Communications」2021 May 11;12(1):2654.
DOI:10.1038/s41467-021-22964-w
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-021-22964-w

研究の背景

インフルエンザウイルスは過去に4度世界的に大流行し、また高病原性トリインフルエンザウイルスH5N1や世界的流行を起こしたPandemic 2009 H1N1、更に毎年流行する季節性インフルエンザウイルスによる感染症は健康、及び世界経済に深刻な影響を与え続けている。現在インフルエンザの治療で主に用いられているのはノイラミニダーゼ阻害薬であるが、すでに耐性を獲得したウイルス株の出現が報告されている。そのため、既存の抗ウイルス薬とは作用機序が異なる新たな治療薬の開発が急務である。

抗ウイルス薬に代わるものとして、インフルエンザに対する抗体医薬の開発が世界中で進められているが、抗体は高分子であり、抗体の認識部位はアクセス可能な領域に制限されている。その一方で、ペプチドは抗体よりもはるかに分子量が小さいために抗体が入り込めないウイルス蛋白上の狭い領域にも入り込むことができるが特異性に乏しく、また安定性にも問題があった。こうしたことから、我々は 次世代の抗体医薬として、従来抗体が結合し得ない抗原領域を認識することが可能な特殊環状ペプチドに着目した。菅教授およびペプチドリーム社との共同研究により、約12-15個のアミノ酸から構成され、メチル化及び環状化により生体内における安定性が従来よりも100-1000倍に向上した特殊環状ペプチドをスクリーニングし、高病原性H5N1 HA蛋白に特異的に結合する特殊環状ペプチドを取得した。

研究の概要

毎年大きな流行を繰り返すインフルエンザは世界的に重大な感染症の一つである。次世代の抗ウイルス薬は宿主には影響せず、ウイルスに特化した効果が求められる。このうち、第3世代の抗体医薬として特殊環状ペプチドが注目されている。抗体は分子量が大きく、多くはHA蛋白質のグロブラーヘッド領域へ結合しインフルエンザウイルス株間の特異性が強くなる。特殊環状ペプチドは分子量が500-2500と小さく、HA蛋白質のストーク領域へ結合し、交差反応性が高くなることが期待できる。現行のインフルエンザ治療薬であるノイラミニダーゼ阻害剤は、ウイルス因子を標的とした薬剤であり、感染細胞からインフルエンザウイルスが出芽するのを阻害するという作用特性上、ウイルスが増殖した感染中期以降での阻害効果が顕著に減弱する事や遺伝子変異した薬剤耐性ウイルスが出現する事が問題点として挙げられる。H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス感染重症患者に対して、回復患者由来血漿投与が感染中期以降においても治療効果を示したとの臨床報告を基に、我々はこれまでにインフルエンザウイルスのヘマグルチニン蛋白質を標的とした特殊環状ペプチドの探索を行い、治療に用いられているリレンザと同等以上の阻害活性を有するペプチドを見出した。この特殊環状ペプチドはH5N1/H1N1/H2N2の3つの亜型に対して防御効果を発揮した。さらに、この特殊環状ペプチドはリレンザ耐性のH1N1パンデミック2009に対しても強力な阻害活性を示すことを見いだした。

特殊環状ペプチドiHA-100がインフルエンザウイルス増殖を抑制するメカニズムを明らかにするためウイルス感染環のどこの段階を阻害しているかについて詳細な解析をおこなった。異なるタイミングでiHA-100を培養上清に添加する実験をおこなったところ、ウイルス吸着前および直後の添加により完全にウイルス感染を阻止することが判明した。さらに細胞内侵入後、エンドソーム膜と融合を開始する感染吸着後90分に添加した場合においても強い抑制効果がみられた。iHA-100の作用機序として、細胞外に存在するウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害機序が明らかとなった。

また、マウスを用いた治療実験において、感染初期にしか効果の無いリレンザとは異なり感染後期においても劇症肺炎抑制による治療効果があることも示された。この治療効果は、霊長類モデルであるカニクイザルでも同様に示され、新たなインフルエンザ治療薬になる可能性が示されている。

研究の意義と今後の展望

H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスのHA蛋白質に対して結合する特殊環状ペプチドのうちで、治療に用いられているZanamivir(リレンザ)と同等以上の阻害活性を示すiHA-100を見出した。iHA-100はウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害機序が明らかとなった。また、感染4日後および6日後からの投与においても治療効果を示すことも明らかとなっており、Zanamivir(リレンザ)にはない治療効果を示していることから,新たな抗インフルエンザ薬としての可能性を有していると考えられる。

<研究資金>

本研究は、東京都特別研究「新型インフルエンザ特別研究」、文部科学省科研費「インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドの発症阻害機序の解明」により実施しました。

<用語説明>

1.インフルエンザウイルス
インフルエンザは、インフルエンザウイルスを病原体とする感染症で「一般のかぜ症候群」とは異なる。世界各地で毎年インフルエンザの流行がみられ、季節性インフルエンザの病原体であるA/H1N1ウイルス、A/H3N2ウイルス、B型ウイルスは、冬季に感染・流行を繰り返す。推定患者数は、毎年1,500万人以上であり、公衆衛生上重大な問題となっている。
2.HA阻害剤
インフルエンザウイルスの表面には、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の二種類のスパイクタンパクがあり、ウイルス感染に重要な役割を果たしている。HAは細胞に結合し感染に関与し、NAは、感染した細胞からウイルスを放出させる役割を持っている。現在多く使われている抗インフルエンザ薬はNA阻害薬である。本報告ではウイルスの細胞への侵入に寄与しているHAの阻害薬の開発を進めた。
3.RaPIDディスプレーシステム
特殊環状ペプチドの合成に特化した人工翻訳合成系、flexible in vitro translation システム(FIT システム)と、翻訳系の特性を活かしたスクリーニング系を組み合わせた実験系のことである。 (菅裕明;生化学 2010年、第82巻第6号、505-514)
4.特殊環状ペプチド
特殊環状ペプチド薬剤の一つにシクロスポリンがある。非タンパク質性アミノ酸を含有し環状構造を有している。 (菅裕明;生化学 2010年、第82巻第6号、505-514)
5.2種類の阻害活性
選択された特殊環状ペプチドiHA-100はHAに結合してウイルスの細胞への侵入を阻害するが、さらに侵入した細胞のエンドソームから細胞質内への侵入過程も阻害する。

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