小原道法特別客員研究員らの研究グループは、インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドを開発し、その発症阻害機序を動物モデルで解明し,中分子ペプチドの新たな抗ウイルス薬としての可能性を英国科学誌「Nature Communications」に発表しました
インフルエンザウイルスは過去に4度世界的に大流行し、また高病原性トリインフルエンザウイルスH5N1や世界的流行を起こしたPandemic 2009 H1N1、更に毎年流行する季節性インフルエンザウイルスによる感染症は健康、及び世界経済に深刻な影響を与え続けている。現在インフルエンザの治療で主に用いられているのはノイラミニダーゼ阻害薬であるが、すでに耐性を獲得したウイルス株の出現が報告されている。そのため、既存の抗ウイルス薬とは作用機序が異なる新たな治療薬の開発が急務である。
抗ウイルス薬に代わるものとして、インフルエンザに対する抗体医薬の開発が世界中で進められているが、抗体は高分子であり、抗体の認識部位はアクセス可能な領域に制限されている。その一方で、ペプチドは抗体よりもはるかに分子量が小さいために抗体が入り込めないウイルス蛋白上の狭い領域にも入り込むことができるが特異性に乏しく、また安定性にも問題があった。こうしたことから、我々は 次世代の抗体医薬として、従来抗体が結合し得ない抗原領域を認識することが可能な特殊環状ペプチドに着目した。菅教授およびペプチドリーム社との共同研究により、約12-15個のアミノ酸から構成され、メチル化及び環状化により生体内における安定性が従来よりも100-1000倍に向上した特殊環状ペプチドをスクリーニングし、高病原性H5N1 HA蛋白に特異的に結合する特殊環状ペプチドを取得した。
毎年大きな流行を繰り返すインフルエンザは世界的に重大な感染症の一つである。次世代の抗ウイルス薬は宿主には影響せず、ウイルスに特化した効果が求められる。このうち、第3世代の抗体医薬として特殊環状ペプチドが注目されている。抗体は分子量が大きく、多くはHA蛋白質のグロブラーヘッド領域へ結合しインフルエンザウイルス株間の特異性が強くなる。特殊環状ペプチドは分子量が500-2500と小さく、HA蛋白質のストーク領域へ結合し、交差反応性が高くなることが期待できる。現行のインフルエンザ治療薬であるノイラミニダーゼ阻害剤は、ウイルス因子を標的とした薬剤であり、感染細胞からインフルエンザウイルスが出芽するのを阻害するという作用特性上、ウイルスが増殖した感染中期以降での阻害効果が顕著に減弱する事や遺伝子変異した薬剤耐性ウイルスが出現する事が問題点として挙げられる。H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス感染重症患者に対して、回復患者由来血漿投与が感染中期以降においても治療効果を示したとの臨床報告を基に、我々はこれまでにインフルエンザウイルスのヘマグルチニン蛋白質を標的とした特殊環状ペプチドの探索を行い、治療に用いられているリレンザと同等以上の阻害活性を有するペプチドを見出した。この特殊環状ペプチドはH5N1/H1N1/H2N2の3つの亜型に対して防御効果を発揮した。さらに、この特殊環状ペプチドはリレンザ耐性のH1N1パンデミック2009に対しても強力な阻害活性を示すことを見いだした。
特殊環状ペプチドiHA-100がインフルエンザウイルス増殖を抑制するメカニズムを明らかにするためウイルス感染環のどこの段階を阻害しているかについて詳細な解析をおこなった。異なるタイミングでiHA-100を培養上清に添加する実験をおこなったところ、ウイルス吸着前および直後の添加により完全にウイルス感染を阻止することが判明した。さらに細胞内侵入後、エンドソーム膜と融合を開始する感染吸着後90分に添加した場合においても強い抑制効果がみられた。iHA-100の作用機序として、細胞外に存在するウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害機序が明らかとなった。
また、マウスを用いた治療実験において、感染初期にしか効果の無いリレンザとは異なり感染後期においても劇症肺炎抑制による治療効果があることも示された。この治療効果は、霊長類モデルであるカニクイザルでも同様に示され、新たなインフルエンザ治療薬になる可能性が示されている。
H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスのHA蛋白質に対して結合する特殊環状ペプチドのうちで、治療に用いられているZanamivir(リレンザ)と同等以上の阻害活性を示すiHA-100を見出した。iHA-100はウイルス粒子の感染性を中和するだけでなく、細胞内においてもHAと相互作用し侵入過程の複数の段階を阻害するといった新たな阻害機序が明らかとなった。また、感染4日後および6日後からの投与においても治療効果を示すことも明らかとなっており、Zanamivir(リレンザ)にはない治療効果を示していることから,新たな抗インフルエンザ薬としての可能性を有していると考えられる。
本研究は、東京都特別研究「新型インフルエンザ特別研究」、文部科学省科研費「インフルエンザウイルスHAを標的とした特殊環状ペプチドの発症阻害機序の解明」により実施しました。