当研究所 統合失調症プロジェクト 宮下光弘主席研究員、社会健康医学研究センター心の健康ユニット 山崎修道副参事研究員、社会健康医学研究センター 西田淳志センター長・参事研究員、統合失調症プロジェクト 新井誠副参事研究員・プロジェクトリーダーらのグループは、思春期児童282名を対象にした出生コホート研究で、研究開始時に終末糖化産物(Advanced glycation end-products; AGEs)の値が高くなると、精神病症状が持続するリスクが有意に高くなることを明らかにしました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム「発達障害・統合失調症等の克服に関する研究(発達障害・統合失調症・てんかん等の鑑別、病態、早期診断技術及び新しい疾患概念に基づいた革新的治療・予防法の開発)」(代表・糸川昌成副所長)、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「脳・生活・人生の統合的理解にもとづく思春期からの主体価値発展学」(領域代表:東京大学・笠井清登教授)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、公益財団法人上原記念生命科学財団、公益財団法人住友財団、公益財団法人 先進医薬研究振興財団などの研究助成により実施しました。
この研究成果は、2021年8月12日ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)が発行する『NPJ Schizophrenia』にオンライン掲載されました。
私たちはこれまで、発症してお薬の治療を受けている統合失調症患者さんにおいて、血液中のAGEsの値が健常者の値と比較して有意に高いことを報告してきました[1, 2]。しかしながら、お薬の影響でAGEsの値が高くなる可能性を指摘されていました。また、思春期児童を対象にしてAGEsの値と精神病症状の関連を調べた研究はなく、AGEsの値が発症前から高いかどうか、わかりませんでした。
本研究では、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、282名の思春期児童を対象に研究を行いました。研究開始前と1年後の2時点で、AGEsセンサー(SHARP MARKETING JAPAN CORPORATION)[3]を用いて、非利き手の中指の腹を使って痛みを伴うことなくAGEsを測定しました。同時に、精神科医が全ての児童に対して面接を行い、精神病症状の有無や程度を評価しました。
282名のうち、研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無かった児童(精神病症状無し群)が200名(70.9%)、研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った児童(一過性精神病群)が67名(23.8%)、研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った児童(持続精神病群)が15名(5.3%)でした。それぞれの群で、年齢、性別、腎臓の機能、家庭の経済状況、親が精神疾患にかかったことがある割合に明らかな差はありませんでした(表1)。
全児童 | 精神病症状 無し群a,1 | 一過性 精神病症状群a,2 | 持続 精神病症状群a,3 | p | |
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対象者数 (%) | 282 (100.0) | 200 (70.9) | 67 (23.8) | 15 (5.3) | - |
年齢 (歳, 平均 [標準偏差]) | 13.4 [0.6] | 13.4 [0.5] | 13.5 [0.6] | 13.4 [0.5] | 0.866 |
性別 (男性/女性) | 156 / 126 | 108 / 92 | 39 / 28 | 9 / 6 | 0.779 |
AGEs値 (a.u., 平均 [標準偏差]) | 0.44 [0.06] | 0.44 [0.06]d | 0.44 [0.07] | 0.48 [0.09]d | 0.040 |
尿中クレアチニン (mg/dl, 平均 [標準偏差]) | 153.2 [67.5] | 151.8 [59.7] | 157.0 [78.4] | 154.9 [106.5] | 0.862 |
社会経済的地位b, 対象者数 (%) | 24 (8.9) | 16 (8.4) | 7 (10.8) | 1 (7.1) | 0.819 |
両親の精神疾患の既往歴, 対象者数 (%) | 10 (3.5) | 6 (3.0) | 4 (6.0) | 0 (0.0) | 0.391 |
a 精神病症状は陽性症状尺度を使用して評価し、研究開始前と1年後の2回実施. 1 研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無い 2 研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った 3 研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った b 低世帯年収(12歳時). 略語: AGEs, advanced glycation end products (終末糖化産物) ; a.u., arbitrary unit (任意単位). | |||||
次にそれぞれの群とAGEsの関連について、抗精神病薬を服用している児童(5名)を除外して、解析を行いました。その結果、研究開始前のAGEsの値が高くなるほど精神病症状が持続するリスクが有意に高くなることがわかりました (図1)。
精神病症状が持続することは統合失調症を発症するリスクになります[4]。今回の研究は、統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童(持続精神病群)では、抗精神病薬を服用していなくても、すでにAGEsの蓄積が始まっていることを明らかにしました。
図 1. AGEs と精神病症状の関連.
解説: 年齢、性別を調整した多項ロジスティック回帰分析5) によって算出された AGEs のオッズ比6) を示した図。
精神病症状無し群を対照にした場合、一過性精神病症状群のオッズ比 (左) は有意ではないが、持続精神病症状群のオッズ比(右) は有意に上昇する。(エラーバー; 95%信頼区間)
統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童に対しては、なるべく早い段階で気づいて適切な対処法を一緒に考えることが大切です。しかし、このような状態にある児童にとって周囲に相談することは簡単ではなく、早く気づくことは容易ではありません。今回の研究で測定に使用したAGEsセンサーは、痛みを伴うことが無く、3分程度で測定が終了します。また、持ち運びもできるため、病院やクリニックでの使用にとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。以上から、AGEsセンサーの長所を生かして、AGEs蓄積の程度を知ることによって、発症リスクのある児童を早期に発見して適切な介入につなげることができるかもしれません。また、AGEsの値を正常にする治療法が開発されれば、発症の予防に貢献することができるかもしれません。