東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2021年9月13日
認知症プロジェクトの細川雅人 客員研究員、長谷川成人 参事研究員らは「3リピートタウ/4リピートタウを内在性に発現する新規タウ伝播マウスモデルの開発」について、英国科学雑誌「Brain」に発表しました。

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3リピートタウ/4リピートタウを内在性に発現する新規タウ伝播マウスモデルの開発

当研究所認知症プロジェクトの細川雅人 客員研究員(元主席研究員)、長谷川成人 参事研究員、設樂浩志 遺伝子改変動物室長らの研究チームは、筑波大学の新井哲明教授らとともに「3リピートタウ/4リピートタウを内在性に発現する新規タウ伝播マウスモデルの開発」について、2021年9月13日に英国科学雑誌「Brain」に発表しました。

<論文名>
“Development of a novel tau propagation mouse model endogenously expressing 3 and 4 repeat tau isoforms”
「3リピートタウ/4リピートタウを内在性に発現する新規タウ伝播マウスモデルの開発」
<著者>
Masato Hosokawa, Masami Masuda-Suzukake, Hiroshi Shitara, Aki Shimozawa, Genjiro Suzuki, Hiromi Kondo, Takashi Nonaka, William Campbell, Tetsuaki Arai, Masato Hasegawa
<発表雑誌>
英国科学雑誌「Brain」
DOI:10.1093/brain/awab289
URL:https://academic.oup.com/brain/advance-article-abstract/doi/10.1093/brain/awab289/6369508

研究の背景

アルツハイマー病(AD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、ピック病(PiD)などでは神経細胞やグリア細胞内にタウタンパク質が異常蓄積し、神経変性が生じることにより認知症が発症すると考えられています。このようにタウが蓄積する疾患をタウオパチーと呼びます。タウタンパク質は微小管結合領域が3回繰り返しの3リピート(3R)タウと4回繰り返しの4リピート(4R)タウに大別され、ヒト成体脳では6種類のアイソフォーム(用語解説*1)が発現しています。ADでは3Rタウと4Rタウの両方が、CBDでは4Rタウのみが、PiDでは3Rタウのみが凝集・蓄積することがわかっています。これは疾患によって特徴的な蓄積タウアイソフォームがあることを示しています。さらに、このタウ蓄積病理は脳内で広がって行くことが報告されており、この現象は「伝播」として知られています。アルツハイマー病ではタウの蓄積部位・広がりと臨床症状に相関性があることが報告されています。タウオパチーの病態機序解明や治療薬の開発には病理を正確に再現できるマウスが必要とされてきました。

しかし、過去に作製されたマウスモデルにおいて、AD患者脳の不溶性画分を注入したマウス脳では、4Rタウの蓄積を誘導することはできましたが、3Rタウの蓄積は誘導できませんでした。また、PiD患者脳の不溶性画分の注入実験においても、3Rタウの蓄積を誘導できませんでした。その理由として、まずヒトとマウスにおけるタウの発現様式の違いが考えられました。ヒトは胎児期脳で3Rタウのみを発現していますが、その後、3Rと4Rタウの両方が発現するようになります。一方、ワイルドタイプのマウスは胎児期~幼少期脳で3Rタウのみを発現していますが、成体ではほとんどすべてのタウが4Rタウに置き換わるという大きな違いがあります。これまでに報告された研究では、これらの違いを全く考慮せずに行ったため、疾患に特徴的なアイソフォームの蓄積を再現することができませんでした。そこで、ヒトと同じ発現様式のタウマウスを開発することが必要でした。また、過去に報告された多くの実験で4Rタウ・トランスジェニックマウスを用いていたことが、3Rタウの蓄積を誘導できなかった理由として考えられました。

研究の概要

タウオパチーの病理を再現するマウスモデルを構築するにあたり、これまでのタウ注入実験マウスモデルの欠点を克服するため、6アイソフォームタウを発現する新しいマウスを作製することにしました。我々はゲノム編集技術を用いて、ヒト成体脳と同様に、成体になっても3Rと4R両方のタウを生理的に正常量発現する(過剰発現系ではない)モデルマウス(Tau 3R/4R マウス)の作製に成功しました(図1)。

次にAD, CBD, PiD患者剖検脳から界面活性剤不溶性画分を抽出し、これらに含まれるタウ線維をTau 3R/4Rマウス脳内に注入しました。一定期間経過後にタウ蓄積病理の形成・伝播が観察されるか検討を行いました。3Rタウ特異抗体、4Rタウ特異抗体を用いて免疫組織化学染色をおこなったところ、AD (3R+4Rタウオパチー)注入マウスではマウス内在性の3Rと4R両方のタウが、CBD (4Rタウオパチー)注入マウスでは4Rタウのみが、PiD (3Rタウオパチー)注入マウスでは3Rタウのみが蓄積し、アイソフォーム特異的なシード依存性増幅反応が観察されました(図2)。

また、ADタウ線維を注入したマウス脳をタウのリン酸化抗体(AT8)で染色したところ、時間経過に伴って、注入部位である線条体でのタウ蓄積病理が増加し、さらに線条体と直接神経回路がつながっている大脳皮質、視床、扁桃体へのタウ蓄積病理の伝播が認められました(図3)。

最後に、PiDタウ線維注入マウス脳を詳しく調べたところ、ADやCBDタウ線維を接種した時には観察されなかった球状のタウ蓄積病理が観察されました(図4)。これらはヒトPiDで観察されるピック球に非常に良く似ていました。タウ線維注入実験でピック球様の病理が再現されたのは、世界で初めてのことです。

本実験により、①異常タウにはアイソフォーム特異的なシード依存性凝集を引き起こす能力がある、②異常タウに伝播能がある、③脳内に注入したヒトタウ線維が種の壁を越えて内在性のマウスタウの蓄積を誘導することができる、というタウが持つプリオン様の性質が確認されました。この新規マウスを用いたタウ線維注入モデルはタウ伝播メカニズムの解明や、タウの伝播抑制作用を持つ薬剤の探索に用いることができると考えています(図5)。

図1

図1.
3Rと4R両方のタウを発現するマウスの作製。ワイルドタイプマウス(左)では脳内で4Rタウのみが発現しているが、Tau 3R/4Rマウス(右)ではヒトと同様の発現パターンを示し、3Rと4Rタウの両方が脳内で発現していた。

図2

図2.
シード依存的異常タウの蓄積。AD, CBD, PiD患者脳由来タウ線維をTau 3R/4Rマウス脳内に注入後、形成されたタウ蓄積病理を3Rタウ特異抗体(上段)、4Rタウ特異抗体(下段)で染色しました。AD線維注入マウスでは3R, 4R両方のタウ蓄積が確認されました。CBD線維注入マウスでは4Rタウのみが観察され、3Rタウの蓄積は認められませんでした。PiD線維注入マウスでは3Rタウのみが確認され、4Rタウの蓄積は認められませんでした。シード依存的に異常タウの蓄積が誘導されることが明らかとなりました。

図3

図3.AD線維注入マウスにおけるタウ蓄積病理の形成と伝播
AD線維注入マウス脳における異常タウの蓄積と伝播をタウ注入後3, 6, 9ヶ月で観察しました。線条体(注入部位)、大脳皮質、視床、扁桃体に蓄積するタウをリン酸化タウ抗体(AT8)で検出しました。いずれにおいても3ヶ月ではタウ蓄積の程度は弱いが、時間経過とともに、線条体でのタウ蓄積病理が増加し、さらに線条体と直接神経回路がつながっている大脳皮質、視床、扁桃体へタウ蓄積病理が伝播していることがわかりました。

図4

図4.PiD線維注入マウスにおけるピック球様タウの蓄積
APiD線維注入マウス脳を(A)リン酸化タウ抗体(AT8)と(B)抗マウスタウ抗体で染色しました。赤矢印がピック球様タウの蓄積を示しています。

図5

図5.
異常タウ線維注入実験におけるこれまでのモデル(上)と本研究(下)の相違 AD:アルツハイマー病, CBD:大脳皮質基底核変性症, PiD:ピック病

<本研究の主な助成事業>

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費基金・基盤C「認知症の新たな発症メカニズムの解明と新規治療薬の創出」(18K07618、代表 細川雅人)、公益財団法人 三井住友海上福祉財団 研究助成(高齢者福祉部門)「アルツハイマー病の新たな発症メカニズムの解明と新規治療薬の創出」(代表 細川雅人)の支援を受けて実施しました。

<用語解説>

*1:タウのアイソフォーム
タウは微小管結合タンパク質の一種で、神経系の細胞において、微小管の重合促進や安定化に働く分子です。ヒト(成体)脳では6種類のアイソフォームが発現しています(図6)。微小管結合領域にある繰返し配列の数によって3リピート(3R)タウと4リピート(4R)タウに大別されます。
図6

図6.タウの6アイソフォーム

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