開催報告

第41回 サイエンスカフェ in 上北沢(2022年12月17日開催)
「傷つくゲノム」


ゲノム動態プロジェクト 副参事研究員笹沼 博之

今回のサイエンスカフェでは、擦りむいたりぶつけたりして体が傷つくのと同様に、我々の体にあるDNAも傷ついている(DNA損傷)ことを説明しました。我々のゲノムとは、タンパク質を作る設計図であり、その設計図はATGCという4つの文字だけで書かれています。一つの細胞に約60億文字で書かれた設計図が、核という保管庫に貯蔵されています。タンパク質を作るためには、ゲノムに書かれた設計図の中で必要な部分をコピーしなければなりません。正しいタンパク質が作られるためには、保管庫に貯蔵されている設計図は正確である必要があります。DNA損傷によって傷ついたゲノムは、ほとんどの場合で修復され元通りに戻ります。しかしごく稀に間違って修復されてしまいます。間違って修復された設計図をもとにタンパク質が作られた時には、本来の機能を発揮できないタンパク質ができてしまい、病気を発症する原因となります。我々の体は、毎日たくさんの DNA 損傷にさらされています。しかし我々のゲノムには、DNA 損傷を修復するたくさんの設計図があります。その設計図のおかげで我々は、毎日たくさんのDNA損傷から身を守ることができています。今回のサイエンスカフェでは、がんになったゲノムがもつ設計図異常を参加者のみなさんと一緒に調べてみました。がん細胞は、端的に言いますと、無限に増殖する細胞です。細胞が無限に増殖するようになってしまうと、本来の細胞の機能を忘れ、やがて体の機能を損なうようになります。なぜ、がん細胞が無限に増殖するようになるか?その原因の一つはブレーキとアクセルにあります。正常細胞の場合は、適切な細胞増殖を行うために増殖のブレーキとアクセルを巧みに使い分けます。がん細胞の場合は、ブレーキの故障かアクセルの踏みっぱなしの状態になっています。今回、アメリカでなされたがんゲノム解析をしらべてみると、ブレーキ役の遺伝子TP53が多くのがんで壊れていること、アクセル役の遺伝子 MYC タンパク質が過剰に作られていることがわかりました。DNA修復研究は、歴史が古く大腸菌からヒト細胞に至るまでたくさんの基礎研究の蓄積がなされています。これらの研究の蓄積が、全てのがん細胞の共通の形質である染色体不安定性(ゲノム設計図の間違いが頻発すること)の理解に、大いに役に立っています。都医学研では、基礎研究に立脚した発がんメカニズムを明らかにして、将来より良い治療薬が開発されていくことを目指しています。


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