特集

年頭所感


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所長 正井 久雄

あけましておめでとうございます。

猛暑続きだった昨年の夏も、いつの間にか過ぎ去り、短かった秋を経て、一年が、驚くべき早さで過ぎてゆくのを多くの方が感じておられるのではないでしょうか。矢のように過ぎた昨年を振り返り、新しい年を展望したいと思います。

2025 年を振り返って

2025 年の研究所は3月に成田友代先生を理事長に迎え、新たな体制でスタートしました。また、第5期プロジェクト研究が開始し、81 件の応募の中から選定した、品質管理プロジェクト(山野晃史リーダー)、心不全プロジェクト(中山幸輝リーダー)、幹細胞制御プロジェクト(指田吾郎リーダー)の3つのプロジェクトが新たに加わりました。

新たな研究体制で開始した昨年も重要な論文が多く発表されました。視覚病態プロジェクト(原田高幸リーダー)は、視神経再生を促進する分子として、細胞質分裂に関与する Augmin 複合体の構成因子の一つ HAUS7 を同定し、 Science Advances 誌に発表しました。成果は緑内障や視神経外傷に対する効果的な視機能回復法の開発に繋がります。ゲノム医学研究センター(川路英哉センター長)は、ヒト肝細胞における薬剤誘導性エンハンサーを網羅的に解析することにより、薬の副作用メカニズムに関わる新たなゲノム制御領域を発見し Nature Communications 誌 に発表しました。成果は、医薬品による治療効果や副作用の個人差を正確に把握する上での手掛かりとなり、個別化医療の高度化へ向けた基盤となります。体内時計プロジェクト(吉種光リーダー)は、最先端の質量分析技術を駆使し、約 1.9 万個のマウスタンパク質の概日変化のデータベースを構築し、Molecular Cell 誌に発表しました。この成果は、概日リズムのメカニズムと、その異常が私たちの健康に及ぼす影響を解明するために、極めて重要な情報を提供します。他の多くの研究成果は研究所 HP のトピックス欄をご覧いただければと思います。普及事業では、都民講演会、サイエンスカフェ、シンポジウムなどに多くの方が来ていただきました。また、HP では、60 本近くの医学、生命科学に関する最新の世界の研究成果の紹介記事を掲載し、都民の皆様の健康と医療に関する有用な情報を広く発信、普及することに努めました。

2026 年を展望して

東京は人口・経済規模のいずれにおいても一国に匹敵する世界有数の都市であり、このような大都市では、新興感染症や大規模災害といった急性の危機から、高齢化社会に付随する疾患や精神健康問題まで、都民の健康を脅かすさまざまな課題が想定されます。東京都医学総合研究所(都医学研)は、東京都における医学研究の拠点として、こうした多様な医学上の課題に関する研究を行い、都民の医療・健康・福祉を将来にわたり支え、その成果を社会に還元することを使命としています。

中長期的視野に立ち、多様な先端的・複合的な生命・医学研究を強力に推進することにより、将来にわたり都民・国民の医療や健康に大きな変革をもたらす革新的な発見を行い、その成果を広く発信・普及させることで、臨床応用や早期実用化を加速させ、その社会実装を目指します。これにより、都医学研は国内外に広く認知される研究所となり、科学技術都市としての東京のプレゼンスを向上させると共に、未来の生命・医学研究を担う人材を惹きつけ・育成することにもつながります。

2026 年は、新プロジェクトもすべて揃い、第5期プロジェクトをさらに加速させる重要な年となります。当研究所の強みは、分子・細胞・動物レベルの基礎研究から、疾患研究、さらには社会と人間の健康を考える社会医学研究まで、多様な専門性を持つ研究者が集まっていることです。これらの知見を融合させ、「シナジー(相乗効果)」を最大限に発揮し、研究所の特性を最大限にいかし、多層的・総合的な視点から生命と疾患の謎に挑んでいきたいと考えています。そのために、研究者同士が研究室や手法の垣根を越えて自由に議論し、新たな研究が次々と生まれるような、開放的な環境作りを一層推進します。研究所に在籍するメンバー全員が、日々、研究やそれぞれの業務において創造性の高い仕事をできるような、そして、研究所に毎日来るのが楽しみと思えるような研究所を目指します。

年頭に思うこと

昨年も日本人研究者のノーベル賞受賞という喜ばしいニュースがありました。私たちの関係する分野では免疫の暴走にブレーキをかける制御性 T 細胞の発見で大阪大の坂口志文特任教授が受賞されました。坂口先生は、自分への攻撃を抑えるブレーキ役の T 細胞が存在するのでは、というアイデアを検証するために大学院の途中から、アイデアのきっかけとなった論文を発表した愛知県がんセンター研究所に移って実験に没頭されたということです。自説がなかなか受け入れられない時期もあったようですが、自分の発見を信じ研究を継続し、画期的な発見に至りました。坂口先生は 1995 年から4年間、東京都老人総合研究所の免疫病理部門長も務められました。

その成果が今、関節リウマチなどの自己免疫疾患やアレルギー、がん治療といった、多くの人々が苦しむ病の治療法開発に繋がっています。一つの発見の謎を解明しようという探究心に支えられた研究が、やがて人類の福祉に大きく貢献していく。これこそが、私たち研究者が目指すべき一つの理想の姿でしょう。

ノーベル賞受賞者が口を揃えて『自由な発想に基づいた基礎研究の重要性』を言われます。医学研がそのプレゼンスを示すためには、東京都が提供する最新の研究設備と、当研究所の特徴である多様な研究の切り口に基づき、個々の研究者が、自分のアイデアを基盤とした生命現象、疾患発生の基盤原理の解明を進め、インパクトのある研究成果を発表する、ということこそが、最も重要であると考えています。それに必要な研究環境を提供してくださっている東京都に感謝すると共に、そのサポートに応え、研究所として、世界に誇るユニークな成果を発信し続けることが、研究所の国際的ステータスを高め、都民の健康と福祉に究極的に成果を還元するための最善の道のりです。

私は、修士の一年の時に、米国のカリフォルニア州の研究所(DNAX 研究所)に留学する機会を得ました。遠くの、異国からやってきて、右も左もわからない若い学生を米国の人々は温かく迎えてくれました。外国人だからといって特別扱いするわけでもなく、全く他の人と同じように対応し受け入れてくれることが、私の初めての異国での滞在を心地の良いものにしてくれました。アメリカには、その国際的で開かれた研究文化への感謝と敬意を示すとともに、今後も、国や文化の違いを越えて人を温かく迎え入れる、そのような姿勢が世界の科学研究の場で保たれていくことを願っています。

私自身、研究生活の最初の9年間に米国で得た知見や経験は、科学者としての世界観を形作る大きな糧となりました。かつて私が異国の地で成長の機会を得たように、当研究所で研究する外国人研究者にとっても、ここでの経験が将来の大いなる成長の糧となることを願っています。

米国の科学研究の隆盛には、多様な背景を持つ研究者の貢献が大きかったと思われます。当研究所においても外国人研究者が増加する中、私はダイバーシティ(多様性)を尊重し、包摂性を推進することが、研究所、ひいては社会の発展に大きく貢献すると考えます。

2026 年の干支は「丙午(ひのえうま)」

本年(2026 年・令和8年)の干支は「丙午(ひのえうま)」です。「丙」は十干の3番目で、太陽の光がさんさんと降り注ぎ、万物が明らかになる様を表します。「午」は十二支の7番目で、物事の転換点や頂点を意味します。この二つが合わさった「丙午」は、これまでの努力が太陽の光に照らされて大きな成果として実を結び、エネルギーに満ち溢れて次のステージへと飛躍する力強い年であるという解釈もできます。第5期プロジェクトが2年目に入り、本格的な発展期を迎える当研究所にとって、まさに研究が大きく花開き、飛躍を遂げる一年となることを期待させる、誠に幸先の良い干支と言えるでしょう。

地球上のさまざまな課題が山積みする現代において、世界中の人々が互いの違いを乗り越え、英知を結集し、各々の立場の違いはあっても、共に手を取り合えるようなレジリエンスの高い社会を作ってゆくことの重要性を感じています。私たちは、医学・生命科学の研究を行い、疾患の予防、治療法の開発などを通じ、世界の人々の健康の増進に貢献すべく、引き続き全力を尽くしていく覚悟です。

皆様一人ひとりにとって、健康で実り多い幸多き1年となることを祈念して、私の年頭のメッセージとさせていただきます。