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本当に困っている子どもに「困ったら相談しましょう」という呼びかけは有効か?


心の健康ユニット 副参事研究員宮下 光弘

「困ったら相談しましょう」という呼びかけは、学校や職場でよく耳にします。しかし、本当に困ったときに相談することは難しいと思いませんか?なぜなら、本当に困った時には相談したい気持ちが弱くなってしまうことが直感的にイメージされるからです。ところが、当たり前に思えるこのイメージが正しいかどうか、これまで科学的に厳密な方法で検証されたことはありませんでした。そこで私たちは、大規模思春期コホート研究1)で、「気分が落ち込む」、「何をしても楽しくない」といったうつ症状が悪くなると、相談したい気持ちが弱くなるのか、という仮説を検証しました。今回私たちは、思春期の子どものうつ症状と相談したい気持ちを、2年おきに4回調査しました(10歳、12歳、 14歳、16歳)。このデータをランダム切片交差遅延パネルモデル2)と呼ばれる最新の統計手法により解析した結果、全ての調査時期の間(10歳→ 12歳、12歳→ 14歳、 14歳→ 16歳)で、「うつ症状が悪くなると、相談したい気持ちが弱くなること」を明らかにしました(図参照)。

本研究は、「うつ症状が悪くなると、相談したい気持ちが弱くなる」 という誰もが直感的にイメージすることを、世界で初めて科学的に立証しました。学校現場では、子どもに対して「困ったら相談すること」 という教育指針が示されています。しかし、今回の研究結果は、「困ったときには、相談したい気持ちが弱くなってしまい、相談できない可能性が高くなること」を示しています。したがって、本当に困っていて相談したい気持ちが弱くなっているときの SOS の出し方として、「困ったら相談しましょう」 という教育指針は望ましくありません。このように困り果てた後に難しい対応を教えようとするのではなく、子どもが困る前に、あるいは困りごとが小さいときからの対策が必要です。そのためには、普段から周囲の大人が子どもと積極的にコミュニケーションをとり、大人が「自然と」子どもの不調に気づき、子どもも「自然と」大人に相談したくなるような信頼関係を積極的に築く努力をすることがとても重要です。

【用語解説】

1)コホート研究:
ある集団を複数時点にわたって追跡調査する方法。本研究では、思春期の子どものうつ症状と相談したい気持ちを4時点にわたって追跡調査したデータを用いた。コホート研究では複数時点にわたって調査を行うため、適切な統計手法を用いることで、思春期の子どものうつ症状と相談したい気持ちの因果関係(どちらが原因でどちらが結果なのか)を推測することができる。
2)ランダム切片交差遅延パネルモデル:
従来の手法(交差遅延パネルモデル)よりも正確に因果関係を明らかにするための統計手法。
図
図:子どものうつ症状と相談したい気持ちとの関係(ランダム切片交差遅延パネルモデルによる解析)
斜めの太い矢印は統計的に有意な関連があったことを意味しています。全ての調査時点の間(10歳→12歳、12歳→14歳、14歳→16歳)で、先行する「うつ症状の悪化」とその後の「相談したい気持ちの低下」に有意な関連がありました。