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中脳皮質系の準備活動は意欲が高まった状況での反応開始ではなく力の強さと関連する


脳機能再建プロジェクト 主席研究員菅原 翔

意欲に応じて運動パフォーマンスが高まることはよく知られています。例えば、賞金がもらえると期待する場面では意欲が高まり、より素早く反応することができるようになります。そのため、反応の速さは意欲の指標として多くの研究で用いられてきました。意欲はドーパミン細胞の集まる腹側中脳の活動と関連することが、多くの動物実験とヒト脳機能イメージング実験によって示唆されています。この2つの別々の事実から、ドーパミン細胞の活動が素早く反応できるようにさせるのではないかと考えられてきました。しかし、意欲と関連する腹側中脳の活動が運動パフォーマンスとどのような関係にあるのかは明らかにされていません。

そこで、短距離走を模し「よーい・ドン」で素早く握力計を握る行動課題を作成し、意欲と運動パフォーマンスを繋ぐ脳領域を調べる研究を、ヒトを対象として実施しました。これまでの研究で示されてきた通り、期待する賞金額が大きいほど反応時間は速くなりました。一方で、素早く握ることしか求めてないにも関わらず、賞金と関係ない握る強さも、賞金額が大きいほど強くなりました。つまり、意欲水準は反応の速さだけでなく、発揮する力の強さにも影響することがわかりました。しかし、必ずしも反応が早い時に、強い力が出るというわけではなく、独立した神経機構が反応の速さと力を出す度合いを制御することが示唆されました。

このような意欲に影響を受ける運動パフォーマンスの神経機構を明らかにするために、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて脳活動を計測しました。「よーい」のタイミングでの意欲を司る腹側中脳と運動の実行を司る一次運動野などの運動関連領域の活動は、期待する賞金額が大きいほど強くなっており、中脳と皮質を繋ぐ中脳皮質系の活動は意欲水準を反映していることが分かりました。さらに、運動を実行する前の運動準備状態での一次運動野の活動は反応の速さと力の強さの両方と関連する一方、腹側中脳は力の強さとだけ関係することもわかりました。これまで、意欲と腹側中脳活動が素早い反応ができるようにさせていると考えられていました。しかし本研究から、反応の速さは意欲水準と関連はするけれども、反応の速さは腹側中脳の活動とは関係しないことが明らかになりました。一方で、腹側中脳と一次運動野を結ぶ中脳皮質系の活動は意欲水準とは直接関係ない力の強さと密接に関係することを初めて明らかにしました。この結果は、運動を実行する際に、中脳皮質系が心の有り様によって、意図せずに力を発揮する度合いを制御していることを示しており、「火事場の馬鹿力」の神経経路の一端を明らかにするものと考えることができます。

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