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ヒトiPS細胞からマクロファージへの分化誘導方法を開発


幹細胞プロジェクト 主席研究員北島 健二

京都大学の山中先生らにより開発されたヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、試験管内で無限に増やすことができます。さらに、iPS細胞は特殊な培養条件で培養すると様々な細胞に分化することができ、様々な難治疾患に対する細胞移植療法への利用が期待されています。中でも、ヒトiPS細胞から作り出された免疫細胞はがんや感染症の治療に有効であることが証明されつつあります。

免疫細胞の一種であるマクロファージは、病原体や死細胞を貪食する能力や、刺激に応答して他の免疫細胞を呼び寄せたり、活性化したりすることができる能力を持つ細胞です。このマクロファージにがん細胞特異的に発現する細胞表面抗原と結合するキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor;CAR)を発現させると、がん細胞特異的な貪食能を獲得します。この知見を基に、CAR を発現するマクロファージをヒト iPS細胞から大量に作り出してがん治療に利用することが考えられています。そのためには、ヒトiPS細胞から効率よくマクロファージを作り出せる培養方法の開発が急務です。

2022年、私たちはサイトカイン FLT3L の受容体 FLT3により、ヒトiPS細胞から大量にミエロイド造血前駆細胞を作り出すことに成功しました。1 ミエロイド造血前駆細胞はマクロファージに分化する能力を持つ細胞です。そこで、ヒトiPS細胞からマクロファージへの効率的な分化誘導に FLT3 が利用できるのではないかと考えて調べたところ、FLT3 を発現させたヒト iPS細胞は、FLT3L の添加によって大量のマクロファージに分化することが判明しました。2 このマクロファージの遺伝子発現、サイトカイン産生能、貪食能に大きな異常は認められませんでした。2 したがって、FLT3 を利用することによってヒトiPS細胞から機能的なマクロファージを大量に作り出せることが分かりました(図1)。今回の研究成果は、ヒトiPS細胞を用いたがん免疫療法の開発に大きく貢献するものと思われます。今後は、得られた知見をさらに発展させて、ヒトiPS細胞から CAR を発現させたマクロファージをより大量に作り出す方法を開発すると共に、マクロファージのがん細胞に対する貪食活性をより高めるための CAR を開発する予定です。

【参考文献】

1. Kitajima K, Shingai M, Ando H, Hamasaki M, Hara T.
An Interferon- γ /FLT3 Axis Positively Regulates Hematopoietic Progenitor Cell Expansion from Human Pluripotent Stem Cells.
Stem Cells 2022, 40:906-918.
doi: 10.1093/stmcls/sxac052
2 . Kitajima K, Shingai M, Ando H, Hara T.
FLT3 signaling augments macrophage production from human pluripotent stem cells.
Int Immunol. 2024, 36:99-110.
doi: 10.1093/intimm/dxad047
図
図1. ヒトiPS細胞からマクロファージへの分化誘導
A:ヒトiPS細胞の顕微鏡写真。
B: ヒトiPS細胞から作成したオルガノイド。FLT3発現ヒトiPS細胞からオルガノイドを作成し、サイトカインM-CSF、IL-6、FLT3Lを添加して培養すると大量のマクロファージが得られる。
C:オルガノイド培養で得られたiPS由来マクロファージ。細胞質内に多数の顆粒が認められる。
D:iPS由来マクロファージのギムザ染色像。細胞核が小さく、細胞質には多数の空胞が認められ、典型的なマクロファージの形態を示している。
E:iPS由来マクロファージの貪食能。青色の蛍光を発するラテックスビーズを用いた。