開催報告

2024年度 第8回 都医学研都民講座(2025年2月22日 開催)
脳はどのようにして生まれ、進化してきたのか?
~ヒト脳への進化の道のりと病~


脳神経回路形成プロジェクトリーダー丸山 千秋

2月 22日(土)の午後、2024 年度 第8回 都医学研都民講座を開催いたしました。今回のテーマは、「脳はどのようにして生まれ、進化してきたのか?~ヒト脳への進化の道のりと病~ 」です。私たちの脳はどのようにできるのか?どのように進化してきたのか?また進化した故に生まれた病とは?といったテーマに沿って2名の講師が解説いたしました。参加者は 134 名(オンライン 105 名、対面 29 名)、年齢層も 10 代から 80 代まで幅広い方々にご参加いただけました。はじめに、私から脳研究の歴史や基本的な脳形成メカニズムについて解説いたしました。脳研究の歴史を紐解くと、古代では「人の心は心臓にある」という常識があり、脳の存在には注意が向けられていませんでした。その後脳に注意が向けられても、脳脊髄液で満たされている脳室こそが精神が宿る場所である、と約1500 年間という長い間信じられてきました。16 世紀になって脳の解剖が進んで来るとようやく脳が注目されるようになり、そして 20 世紀になってからようやくニューロンから成る脳こそが精神の源であることが広く一般にも知られるようになりました。その後、さまざまな動物の脳の特徴や哺乳類のみが持つ大脳新皮質構造の特徴とその形成メカニズムについて解説し、高等哺乳類では神経前駆細胞を増やすことでより多くのニューロンを生み出すことに成功し、特にヒトでは固有遺伝子の獲得により高次脳機能を獲得したことに触れて鈴木先生の講演につなぎました。東京大学の鈴木郁夫先生は、「“智恵の実”の遺伝子が導いたヒトの進化と病」というタイトルでお話しくださいました。ヒトは大きく発達した脳を持つことで高等な知性を手に入れました。しかしそれは同時に、「がん(脳腫瘍)になりやすい」という危険性も背負うことになりました。まず鈴木先生は化石人類の脳容積の解析研究を紹介し、170 万年前に脳容積や構造が大きく変わり現代人型になったこと、ヒトは脳のニューロン数を増やす特別な仕組みを持っていることについて説明されました。その特別な仕組みとは、神経を産み出す幹細胞をコントロールし、より多くのニューロンを産み出せるようになったことでした。それが実現するために、NOTCH2NL という、ご自身で発見された遺伝子の遺伝子重複によって獲得されたこと、またその遺伝子のコピー数の異常が脳腫瘍や脳のサイズの異常等の疾患にも関与することを説明されました。したがって人類は NOTCH2NL という“知恵の実”を食べたおかげで知恵を獲得できたと同時に、そのトレードオフとして脳腫瘍や脳形成異常等の脳疾患のリスクを背負ってしまったというお話で締め括られました。参加者からは難しい話をわかりやすく噛み砕いて説明されていてとても興味深かった等、多数の好意的なご意見をいただきました。

続いて、岩館准教授から AI による創薬の基礎と具体的なプロセスを解説して頂きました。創薬は AI の活用により新たな段階を迎えています。岩館博士が開発された「chooseLD」という AI ソフトウェアは、化合物の活性と標的タンパク質との結合親和性を高精度に予測することで、創薬の初期段階から有望な候補化合物を迅速に特定することができます。今回の講演では、chooseLD の技術的な詳細、実際の創薬への応用事例、そして今後の展望について紹介して頂きました。岩館研究室には、タンパク質の立体構造に基づいた薬の開発に興味を持つ優秀な大学院生が在籍しており、専門用語は難解だったものの、AI ソフトウェアの開発によって時代を変えていこうという意欲が十分に伝わるご講演でした。今回参加して下さった都民の皆様とともに、AI 創薬の方向性を学べた1時間であったと思います。

脳神経回路形成プロジェクトリーダー丸山千秋
脳神経回路形成プロジェクトリーダー 丸山千秋
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻准教授 鈴木郁夫先生
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授
鈴木郁夫先生