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新プロジェクトの紹介(品質管理プロジェクト)


品質管理プロジェクトリーダー山野_photo
品質管理
プロジェクトリーダー
山野 晃史

私たちの体は、膨大な数の小さな「細胞」が集まってできています。その細胞の中では、毎日さまざまな作業が粛々と進み、健康や日々の活力を支えています。しかし、その内部でどのように働きが守られているか意識する場面はほとんどありません。もし、細胞の中にも工場のような「品質管理」のシステムがあったら、どんなふうに細胞(ひいては私たちの体全体)を守ってくれているのでしょうか。

本記事では、「品質管理プロジェクト」の最新の研究から、体の中の見えない健康維持の仕組みに迫ります。

細胞の中は“ミニ工場”―オルガネラの役割

私たちを形づくる細胞の中には、“オルガネラ”と呼ばれる構造体が存在します。オルガネラはミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、ペルオキシソーム、リソソームなど複数の種類に分けられ、ミトコンドリアは「エネルギー工場」、リソソームは「ごみ処理場」といった具合にそれぞれが独自の機能を持っています。たとえばミトコンドリアは呼吸と食事で得た栄養から、全身に必要なエネルギーをつくりだします。

しかし、あらゆる機械と同じで、オルガネラもしだいに傷ついたり古くなったりします。細胞全体をスムーズに働かせるためには、これらの部品を絶えずベストな状態に保つことが必要です。

品質管理のしくみが体を守る

工場には、不良品の検査や古い機械の入れ替えといった「品質管理」が欠かせません。細胞も同じように、常にオルガネラを監督し、壊れたものや弱ったものがあれば修理したり、分解してリサイクルする仕組みを備えています。このはたらきを「細胞内品質管理」と呼びます。

たとえば、ミトコンドリアにダメージがあると、まず修理が試みられ、それでも回復しなければ「オートファジー」と呼ばれるシステムによって分解され、新たな材料として再利用されます。こうした品質管理機構のおかげで、細胞は健全に活動し、私たちの健康を支えています。

もし品質管理がうまく働かなかったら

細胞の品質管理システムが十分に働かなくなると、どうなるのでしょうか。不良品が工場にたまり続けると全体の作業効率が低下したり、不良品が大量に出荷されると社会全体に悪影響を与えるように、細胞の中でも機能不全のオルガネラや老廃物が蓄積すると、細胞全体の働きが鈍くなっていきます。

こうした小さなトラブルが積もることで、老化が加速したり、パーキンソン病やアルツハイマー病、糖尿病などの病気が引き起こされることが明らかになってきました。体の不調やさまざまな疾患の背景には、細胞内に発生した“部品のトラブル”が隠れていることがあるのです。

ミトコンドリアとパーキンソン病をつなぐ発見

細胞の品質管理と病気は、密接につながっています。たとえば一部のパーキンソン病ではエネルギーを生み出すミトコンドリアの“故障”が原因となっています。このミトコンドリアの品質保持の重要な選手が「PINK1」や「Parkin」という分子です。傷ついたミトコンドリアに PINK1 が真っ先に目印をつけ、その後 Parkin が「分解開始!」のサインを出す――そんな綿密な連携が明らかになってきました。

このしくみがうまく働かないと、細胞中に不良なミトコンドリアが溜まり、神経細胞が死んでしまいます。細胞の “掃除”と“修理”が確実に進行することこそが、私たちの健康維持に欠かせないのです。

新しい品質管理因子の発見がもたらす未来

「品質管理プロジェクト」では、これまで知られていなかった新しい分子を見出し、その作動原理を明らかにします。たとえば、「BCAS3」や「PHAF1」という分子がオートファジーに大きく関わること、そしてこれらの変異が神経発達障害の原因になることが明らかになってきました。

こうした発見は、病気の原因解明や早期診断、新しい治療法の開発に大きな希望をもたらします。細胞の中の世界を注意深く調べることで、健康や医療に役立つヒントが生まれています。

分子から社会へ―広がるビジョン

細胞内の品質管理研究は、分子や細胞だけでなく、組織・臓器、さらには社会全体の健康へと視野を広げています。小さな分子レベルの変化が、私たちの生活の質や健康寿命に影響をもたらします。

細胞の仕組みを深く知り、早期に細胞の異常を察知できる技術があれば、これまで難しかった疾患への新たなアプローチを実現するカギとなります。「加齢」と諦めていた体の変化にも、違った角度から解決策が生まれる可能性が広がっています。

細胞内の働きを詳しく解析し、私たちの健康や将来について考えるきっかけとなるような技術と知見を、このプロジェクトは目指しています。

都民の皆様に向けたメッセージ

この度、都医学研で新たなプロジェクトを立ち上げ、品質管理の研究を推進することになりました。私たちの体を支える細胞の中で、目に見えない「品質管理」が日々、私たちの健康を守っていることをこの記事でお伝えできたでしょうか。今後も「品質管理を担う働き手」がなぜ、どのように細胞を守っているのか、その謎を解き明かしていきます。小さな細胞から始まる大きな健康の未来を、ぜひ一緒に見守ってください。皆様の暮らしをより豊かにするため、全力を尽くして参ります。

図1 細胞の中のオルガネラ構造
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