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腫瘍増殖抑制剤の新規分子標的としての HGS
及び新規腫瘍増殖抑制剤としての HGS 構成オリゴペプチドOP12-462の発見


細胞膜研究グループ 研究員 小倉 潔

がんと EMT

がん細胞は、周囲の組織にじわじわと入り込む「浸潤」や、血液の流れに乗って別の場所に移動して新たな腫瘍をつくる「転移」といった特徴があります。正常細胞にはないこれらの特徴によってがんは体内のさまざまな部位に広がっていきます。ただし、浸潤や転移のような細胞の動きは、がんだけに特有のものではありません。例えば、赤ちゃんが母体の中で成長する過程や、けがをした際に傷が治る過程でも、似たような仕組みが厳密に管理されたかたちで起こっています。このように、必要な時にだけ細胞の動きを活発にする仕組みは「上皮間葉転換(EMT)」と呼ばれています。

HGS タンパク質と EMT

私たちの研究グループでは、「肝細胞増殖因子調節チロシンキナーゼ基質(HGS)」というタンパク質に注目してきました。HGS は細胞内でタンパク質の輸送に関わる働きをしており、細胞機能の維持にとって重要な役割を果たしています。これまでの研究により、細胞内の HGSが増加すると EMT が促進され、逆に HGS が減少するとEMT が抑制されることが明らかになっています。さらに、 HGS の一部である「コイルドコイル領域(HGS/C)」だけを増加させた場合、EMT の誘導を抑制できることもわかってきました。

がんの悪性化における HGS の役割

今回の研究では、EMT に関与する HGS およびその一部である HGS/C が、がんの悪性化にどのように関与しているかを調べました。まず、HGS の量を増加させた正常細胞はがん化しました。さらに、HGS 量を増加させたがん細胞では、がんの悪性度を示す「腫瘍形成能力」が上昇しました。一方で、HGS/C だけを増加したがん細胞では、腫瘍形成能力が大きく低下しました(図1)。これらの結果から、HGS はがん細胞の悪性度を増加させること、一方 HGS/C は悪性度を減少させることがわかりました。このことは HGS/C が抗腫瘍作用を持つことを示唆しています。

HGS/C オリゴペプチドによる腫瘍の抑制

さらに研究を進め、HGS/C の配列から小さなタンパク質(オリゴペプチド OP12-462)を選出し、マウスに注射したところ、マウスの背部にできた腫瘍の増殖を顕著に抑制しました(図2)。この結果から、HGS/C オリゴペプチド OP12-462 には、がん細胞の腫瘍増殖を抑える抗腫瘍効果があることが示唆されました。

おわりに

本研究を通じて、HGS ががんに深く関わること、そしてそれを利用して副作用の少ない新しい抗がん剤治療の可能性があることが明らかになりました。今後さらに研究を進めることで、がん治療の選択肢を広げる新たな道が開かれることが期待されます。

【論文】

Ogura K, Kawashima I, Kasahara K. HGS Promotes Tumor Growth, Whereas the Coiled Coil Domain and Its Oligopeptide of HGS Suppress It. Int J Mol Sci. 2025 Jan 17;26(2):772. doi: 10.3390/ijms26020772

図1:軟寒天培地におけるB16細胞、B16/HGS細胞、B16/C細胞の腫瘍形成能
図1:軟寒天培地におけるB16細胞、B16/HGS細胞、B16/C細胞の腫瘍形成能
マウスメラノーマ由来B16細胞、HGS高発現 B16細胞(B16/HGS)、HGS/C高発現B16細胞(B16/C)の軟寒天培地内コロニー形成数による腫瘍増殖能を比較した。B16細胞と比較して、腫瘍増殖能はB16/HGS細胞では2倍に増加し、B16/C細胞では1/50に減少していた。
図2:オリゴペプチド OP12-462の尾静脈投与によるCOLO205細胞の腫瘍増殖抑制
図2:オリゴペプチド OP12-462の尾静脈投与によるCOLO205細胞の腫瘍増殖抑制
ヒト大腸がん由来 COLO205細胞をヌードマウス(n=5)の側腹部に皮下接種した。腫瘍容積が250mm3を超えた日を0日目とした。オリゴペプチド OP12-462(50mg/kg体重)を0.2mlPBS溶液として1日1回、0日目から9日目までの10日間尾静脈に投与した。vehicle,();OP12-462(). ★は投与3日後以降は腫瘍の大きさに統計的有意性があることを示す。オリゴペプチドOP12-462は腫瘍増殖を顕著に抑制した。