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52歳時のウェルビーイングが69歳時の認知機能に影響することを解明

心の健康ユニットの中西三春主席研究員らは「中高年期の心理的ウェルビーイングが老年期の認知機能に与える影響:英国コホート調査の女性データを用いた観察研究」について、米国科学雑誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に発表 しました。

心の健康ユニット 主席研究員中西 三春


人々がより長生きになったことで、認知症を有する人口は増加しています。2017年に英国医学誌ランセットは認知症予防・介入・ケアに関する国際委員会の報告を発表しました。同報告で認知症の人の 35%は9つの制御可能なリスク要因に対処することで予防可能とされています。中高年期のリスク要因には難聴・高血圧・肥満など身体的健康に関するものがあげられています。中高年期は一般に、仕事や家庭での役割転換に直面し、心理的な危機を迎える時期とされています。しかし、中高年期の心理的ウェルビーイングが、老年期の認知症発症に果たす役割はよくわかっていません。

私たちは、1946全英国家出生コホート研究の女性のデータを用いて、52歳時の心理的ウェルビーイングが69歳時の認知機能に影響することを明らかにしました。これまでの研究から、高齢者の「ネガティブ感情」、「ポジティブ感情」や「人生における目的」といったウェルビーイングの要素が認知機能と関連することが分かっています。今回、私たちはコホート研究のデータを用いることで、52歳時の「人格的成長」の度合いが高い女性は、69歳時の認知機能のレベルが高く保たれていることを明らかにしました。一方で52歳時に「自己受容」の度合いが高いことは、69歳時の認知機能のレベルと負の関連を示しました。こうしたウェルビーイングと認知機能の関係は、幼少時の認知機能レベルや身体的活動、その他の上記リスク要因に該当する変数の影響を調整した後も残りました。「自己受容」と認知機能の関連の方向は一見不可解にも思えますが、中高年期の女性が親世代の介護を担ったり、そうした介護の役割が仕事のキャリアに影響したりすることが、交絡* しているのかもしれません。今後、家族介護者の経験を有することと認知症の発症リスクとの関係について、より精査することが望まれます。

本成果はランセットが示す9つのリスク要因に加え、中高年期の心理的ウェルビーイングに着目することの意義を示唆しており、今後の認知症予防の戦略に貢献することが期待されます。

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用語解説

* 交絡(因子)
1) アウトカムに影響する、2) 要因と関連する、3) 要因とアウトカムの中間因子でない、という3つの条件を満たすものを「交絡因子」と呼びます。本論文では、中高年期の女性が介護を担うため他の何かを諦めざるを得ない状況に置かれることが、1) 69歳時の認知機能に影響する、2) 52歳時の「自己受容」と関連する(女だから仕方ないと諦める)、3) ただし自己受容が高い → 介護役割を担う → 認知機能という機序ではない、と推察しています。
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