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特集

カルパインプロジェクトの研究内容紹介―カルパインからタンパク質へのメッセージ

カルパインプロジェクトリーダー小野 弥子

小野先生 photo

タンパク質に働きかけるプロテアーゼ

ヒトの身体を作り上げている数十兆の細胞の中では、常にタンパク質が作られて分解される「タンパク質代謝」という現象が起きています。これは細胞がパンクしないため、また個体レベルでの健康維持のために非常に重要です。この時、タンパク質を分解する役割を担うのはこれまたタンパク質で、これらは“プロテアーゼ”と呼ばれます。

カルパインはそのようなプロテアーゼの一種としてタンパク質に働きかける(自身も)タンパク質です(文献1)。ヒトには全体で15種類のカルパインが存在しており、プロテアーゼドメインと様々な機能調節ドメインから構成されています(図1)。多くのカルパインについて、それらが発現する細胞や組織の種類(骨格筋、神経、皮膚など)によって様々な疾患への関与が報告されています(表1)。またカルパインの遺伝子変異が疾患の原因となることも明らかになり、疾患との関係性を中心に、カルパインが身体の中で果たしている役割が注目されて、現在まで約60年以上に渡って世界の様々な研究室でカルパイン研究が展開されてきています。

環境の変化が起きると細胞はタンパク質の働きを調節して速やかに対応します。そんな時、カルパインというタンパク質はどのように振る舞い、その結果として何が起こるのでしょうか?私達のプロジェクトでは、カルパインが働きかけるべき(=分解する)タンパク質を選別する仕組みと、相手型タンパク質の働きが分解によってどのように変化するのか(図2)に注目しています。これらを手がかりに、カルパインから他のタンパク質(すなわち、基質タンパク質)への働きかけが健康な状態へとつながる仕組みを理解し、また、もし、そこから外れてしまった場合にはどのように対処できるのか、を解明することを目指しています。

図1. カルパインは、PC1及びPC2から構成されるプロテアーゼドメインの前後に様々な機能調節ドメインを持つ。また、カルパイン1と2には機能調節サブユニットが存在する。

表1. ヒトのカルパインについて、様々な疾患病態への関与が報告されている。(*カルパイン自体の遺伝子変異が関与するものをカルパイノパチーと称する。)

図2. カルパインはカルシウム(Ca2+)との結合により活性化する。カルパインが分解すべき基質タンパク質の多くは、複数のドメイン構造を持つ。正しく認識され、正しい位置で分解されると、細胞の機能が調節される。(ドメイン:機能に大切な構造の単位のこと。図は3つのドメインを持つ例。)

カルパインとしてのルール

カルパインにはカルシウム(Ca2+)との結合により活性化するという性質があります(図2)。そして、細胞の外側における状況変化を伝える手段の1つとして、細胞内のカルシウム濃度が変動するという現象があります。その変化を受けて、カルパインが相手方のタンパク質に対して「今、こんな状況です」→「一緒に状況に対応しましょう!」→「まずは、ここを分解します」と働きかけるイメージが、様々な状況で想定され、実験結果とともに定着してきています。

近年、このステップにカルシウム濃度以外の要素が加わることによって、カルパインの中で様々な役割分担が存在するのではないかということが徐々に明らかになってきました。例えば、カルパイン1と2は非常に類似の構造を持ちますが、活性化に必要なカルシウム濃度が100倍違います。この2種類のカルパインは、カルパインファミリー全体においてはサブユニットCAPNS1を共有する例外的な分子です(図1)。それぞれの機能の違いは“ジキルとハイド”と称される場合もあります(文献2)。私達は、そのメカニズムの1つとして、カルパイン1と2が微妙な基質特異性の違いを示すこと、また、それぞれが活性化した後の寿命が異なることによって機能の違いを果たしている可能性を見出しました(文献3)。

活性化したカルパインが、実際にはどのような形で機能しているのか?についても現在色々な知見が集まりつつあります。例えば、カルパイン同士が複合体を形成したり、プロテアーゼドメイン単体が切り出されたりすることによって活性を示す可能性も示唆されています(文献4,5,6)。

カルパインがきちんと働かないと困る・・・

様々な疾患において細胞内のカルシウム濃度が上昇することがあります。その場合、カルパインは過剰に働いてしまうため、カルパインの働きを抑える阻害剤は、細胞内全体に対して「落ち着こう!」というメッセージを送れると考えられます。この目的はカルパインに直接結合しない分子によっても実現することが可能です。近年、カルパインが直接のターゲットではないけども抑制されている、という状況を引き起こす分子が複数同定されており、カルパインが活性化する場面全体を調節するメカニズムが注目されています(文献7)。

逆にカルパインの働きが悪かったり、機能しなかったりするために発生した疾患については、カルパインの機能を補ったり修復するアプローチが必要です。それぞれ対象となるカルパインの機能や性質を活用すべく、様々な取り組みが並行して行われています。

限定的に分解するプロテアーゼであればこそ

プロテアーゼとしてタンパク質を分解するカルパインが、どうして相手側のタンパク質に働きかけることができるのか?理由の一つは分解の仕方が「限定的」であるからだと考えられています。カルパインは細胞内のタンパク質を分解しますが、何らかのルールの下、限定的にこの位置と決めて切っているようです。そのルールは複雑で、例えばこのアミノ酸配列で切る、というようには決められていませんが、ある程度はコンピューターの力を借りて予測可能であると考えられます(文献8)。予測結果と実験結果を合わせると、カルパインが基質タンパク質の構造を変化させることで、タンパク質のもつ機能を活性化させたり、あるいは抑制したり、とタンパク質の働きを調節する役割を持っていることが示唆されます。その際、細胞内でカルパインが分解・機能修飾すべき相手方タンパク質の近くに移動するメカニズムが、さらにカルパインの限定的な振る舞いを支えていることも指摘されています。カルパインは生物の進化の過程において広く長く保存されて来ました。基質となるタンパク質とカルパインの関係性、それを取り巻く細胞内の環境がどのように変遷してきたのか、ということも、今後明らかになることが期待されます。

おわりに

医学研ではマウスや細胞のモデル系を用いてカルパインがタンパク質を分解することと細胞や個体の機能との関係に注目したカルパイン研究を実施しています。今後、カルパインの機能異常が関わる疾患に有用な知見を得ることを目指し、カルパイン研究を次の段階へと進めて行きたいと思います。


参考文献

1.
秦勝志 他. 医学のあゆみ (2018) 267 (13) 1003-1008.
2.
Buadry, M. (2019) Curr Neuropharmacol. 17 (9) 823-829. doi: 10.2174/1570159X17666190228112451
3.
Shinkai-Ouchi, F. et al. (2020) Biosci Rep. 40 (11) BSR20200552. doi: 10.1042/BSR20200552
4.
Hata, S. et al. (2016) J Biol Chem. 291 (53) 27313-27322. doi: 10.1074/jbc.M116.763912
5.
Hata, S. et al. (2020) Biochim Biophys Acta Protein Proteom. 1868 (7) 140411. doi: 10.1016/j.bbapap.2020.140411
6.
Gal, J. et al. (2022) Biochim Biophys Acta Mol Cell Res. 1869 (9) : 119298. doi: 10.1016/j.bbamcr.2022.119298
7.
Weber, JJ. Et al. (2019) Biochem Pharmacol. 168 :305-318. doi: 10.1016/j.bcp.2019.07.002
8.
Shinkai-Ouchi, F. Et al. (2016) Mol Cell Proteom. 15 (4) 1262-1280. doi: 10.1074/mcp.M115.053413
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