感染症医学研究センターの感染制御ユニットリーダーを拝命いたしました、安井文彦と申します。2025年4月に新しく設立されたこのセンターは、将来起こりうるウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)に対し、迅速かつ効果的に対応できるよう、ウイルスの感染分子機構と免疫制御機序の解明、治療薬やワクチンの開発につながる研究を通じて制御法の確立を目指します。感染制御ユニットスタッフ一同、その一翼を担えるように努めてまいります。
感染症とは、「ウイルス、細菌、真菌、寄生虫などの病原体が人や動物の体内に侵入し、増殖することで引き起こされる病気」です。その感染症が、国際的な境界を越えて広範囲に蔓延し、多くの人々に影響を与える現象をパンデミック(Pandemic)と呼んでいます。パンデミックは、昔から何度も起こり、私たち人類に大きな影響を与えてきました。例えば、天然痘、ペスト、スペイン風邪など、歴史に残るパンデミックが複数発生しています。最近では、HIV/AIDS、2009年の新型インフルエンザ、そしてCOVID-19がパンデミックとして記憶に新しいところです。今後流行する感染症を予測することは非常に難しいですが、感染力や重症度が高く、国民の生命や健康に大きな影響を与える可能性がある感染症について、厚生労働省は「重点感染症」のリストを作成し、対策を進めています。過去のパンデミックから学び、将来に備えることがとても重要です。
感染制御ユニットでは、まだ効果的な予防法や治療法が見つかっていないウイルス感染症を中心に研究を行っています。具体的には、ウイルスがどのような性質を持っているのか、どのように宿主と関わり、どのような免疫反応や炎症反応が起こるのかなどを詳しく調べています。そして、その研究成果をもとに、新しい予防法や治療法を開発し、感染症対策に貢献することを目指しています。これまでは、プロジェクト研究(感染制御プロジェクト)として、高病原性鳥インフルエンザ、COVID-19、デング熱、エムポックスなどの急性ウイルス感染症やB型及びC型肝炎、肝硬変などの慢性疾患について、動物モデルを用いた実験で病気が引き起こされる機序を解析し、その仕組みに基づいた治療法や予防ワクチンの開発研究を進めてきました。また、COVID-19研究では、東京都と連携し、疫学調査を実施しました。
急性ウイルス感染症に対する新たな予防ワクチンの開発研究では、人に安全で免疫を強く誘導できるワクシニアウイルスというウイルスに遺伝子組換え技術を使って、高病原性鳥インフルエンザウイルス、新型コロナウイルス、デングウイルスの遺伝子の一部を組み込んだワクチンを作製し、動物を使った実験でその効果を調べています。また、 COVID-19が流行し始めた頃は、PCR検査で感染者数が毎日のように報道されていましたが、検査を受けていない人たちを含めた潜在的な感染者数は分かりませんでした。
そこで、都立病院等の協力を得て、2020年から2021年にかけてCOVID-19とは無関係に病院を訪れた外来受診者の検査で余った検体を使って、COVID-19の抗体を持っている人の割合を調べました。その結果、PCR検査で陽性だった人数の約4倍もの人が感染していた可能性があることがわかり、日本で初めての大規模な抗体保有調査として報告しました。さらに、COVID-19ワクチンを接種した後の抗体価を測定し、追加接種の効果を調べる研究や数理モデルを使ったワクチン効果の持続性予測を行いました。
慢性疾患については、根本的な治療法がないB型肝炎ウイルスに対して、宿主が持っている自然免疫応答を利用した新たな治療薬の開発を目指した基礎研究を行っています。また、都立駒込病院や製薬企業と協力して肝硬変治療薬の開発研究を進めており、現在は臨床試験が実施されています。
今後は、これまでの成果をさらに発展させるとともに、 COVID-19の後遺症であるLong-COVIDの研究や様々なウイルスを検出できる新しい検査方法の開発も進めていきます。また、東京都の研究機関や都立病院との連携研究、医学研内での共同研究を行うことで新たな研究課題に取り組んでいきたいと考えておりますので、是非ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。