ゲノム動態プロジェクト プロジェクトリーダー 笹沼 博之
ゲノム動態プロジェクト 研修生 山崎 航輔
飲酒したアルコールは、体内で酢酸と二酸化炭素に代謝されたのち体外に排出されます。その代謝過程でアセトアルデヒドができます。日本人は、アセトアルデヒドを分解する酵素(アセトアルデヒド脱水素酵素)の働きが弱い人が約半数います(図1)。働きが弱い人は、飲酒後に血中のアセトアルデヒド濃度が、お酒に強い人に比べて非常に高いことが知られています。アセトアルデヒドを含むアルデヒドは、化学反応性が高く細胞内に入ると生体分子(DNA、RNA、タンパク質等)の機能を阻害します。飲酒によって発生するアセトアルデヒドが、我々の持つDNA に対してどのように作用し、どのような傷をもたらすのか、またその修復過程は不明でした。
今回の研究では、特に細胞の中にある DNA に対してアセトアルデヒドがどのように作用するかを調べました。細胞には、DNA 損傷の種類に応じて複数の修復経路が存在します。RAD54 遺伝子は、修復経路の一つである相同組換え経路に機能することが知られています。相同組換えに関与する RAD54 遺伝子の欠損細胞では、正常細胞に比べてアセトアルデヒドに対して感受性が高い(死にやすい)ことがわかりました。このことは、相同組換え修復を必要とする DNA 損傷がアセトアルデヒドによって発生していることを意味していました。
さらに私たちは、約 20 種類の DNA 修復に関わる変異細胞を使って、アセトアルデヒドに対する感受性を調べました。その結果、複数ある修復経路のうち、アセトアルデヒドがさまざまな種類の DNA 損傷を発生させていること(図2)、とりわけアセトアルデヒドによる DNA 損傷修復において相同組換え経路が非常に重要な役割を果たしていることがわかりました。さらにアセトアルデヒド処理をした細胞では、がん細胞でよく観察される異常な染色体構造が発生していることを見つけました(図3)。
身体的影響においても、アルコールの過剰摂取は肝障害、糖尿病、発がんリスクの上昇を招くことが知られています。本研究成果は、アルコール代謝により発生するアルデヒドが潜在的に DNA 損傷を引き起こす物質であること、その修復には相同組換え経路が必要であることを明らかにしました。本研究成果は、NHK の健康番組にも紹介されるなど、社会的な注目を集めています。昨年度策定された東京都アルコール健康障害対策推進計画(第2期)では、「アルコール健康障害の発生予防」が主要な目標の一つとして掲げられており、取組として飲酒に関する正しい知識の普及啓発等が記載されています。本研究成果は、アルコールの DNA 毒性を科学的に実証したものであり、アルコール健康障害対策、特に過剰摂取による疾病予防を検討する上で極めて重要な科学的根拠を提供するものです。この知見は、都の計画が目指す予防策の重要性をさらに裏付けるとともに、都民の健康増進に向けた具体的な施策の立案や実施に大きく貢献すると考えています。
Yamazaki, K. et al. Homologous recombination contributes to the repair of acetaldehyde-induced DNA damage. Cell Cycle, 23(4), 369‒384, 2024. doi: 10.1080/15384101.2024.2335028 (相同組換え修復は、アセトアルデヒドによるDNA 損傷修復に寄与する) イラスト作成、東京都医学研イラスト室、八木朋子、山西常美