睡眠プロジェクト 主席研究員 夏堀 晃世
脳の縫線核に発現するセロトニン神経は大脳皮質など脳の広域へ投射し、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経の一つです。我々は最近、セロトニン神経の活動が動物を覚醒させると同時に、主な投射先である大脳皮質で神経とアストロサイト(グリア細胞の一種)に作用してエネルギー代謝活動を促進させることを報告しました(Natsubori et al., 2023, iScience )。しかし、このエネルギー代謝活動に必要な酸素やグルコースを供給する脳血流をセロトニン神経が調節するメカニズムについては、これまで明らかにされていませんでした。
脳では、神経活動が生じた領域で局所的に血流が増加する現象が知られ、これを neurovascular coupling(NVC:神経血管連関)と呼びます。NVC は、神経活動に伴うエネルギーの需要増加に対応するために脳に備わったメカニズムと考えられています。NVC の仕組みは、神経の活動に伴い、細胞外に放出されたグルタミン酸(神経伝達物質の一つ)を近傍のアストロサイトが受容して血管調節因子を放出することで、局所の血流増加が生じると考えられています。我々はマウスを用いた実験により、縫線核セロトニン神経が大脳皮質において、NVC を介した血流調節を行っていることを明らかにしました。
実験では、光遺伝学という手法を用いて、マウスの縫線核セロトニン神経を選択的に活性化させたところ、大脳皮質の血流は一時的に増加した後に低下する二相性の応答を示しました。次に、セロトニン神経の活性化により、大脳皮質の興奮性神経とアストロサイトの活動が増加することを見出しました。この大脳皮質神経とアストロサイトの活動をそれぞれ薬物で抑制したところ、セロトニン神経活性化に伴う皮質血流の低下成分が強まりました。このことから、セロトニン神経は大脳皮質の神経とアストロサイトを活性化させて皮質血流を増加させる作用を持つことが分かりました。
一方で、セロトニンは血管平滑筋に作用して強い血管収縮作用を持つことが知られています。このことを確認するため、血管平滑筋に主に発現するセロトニン1B 受容体の阻害薬をマウスの大脳皮質へ投与したところ、セロトニン神経活性化による皮質血流の低下が大きく阻害されました。このことから、縫線核セロトニン神経は皮質神経とアストロサイトの活性化を介して皮質血流増加を誘導しますが、全体としては直接的な血管収縮作用が強く、大脳皮質の血流を主に低下させる作用をもつことが明らかになりました。
本研究は、気分障害や不安障害、睡眠障害などセロトニン神経が関連する精神疾患において、NVC や脳血流の調節障害が背後に存在する可能性を示し、新たな診断・治療法開発の礎となることが期待されます。
Natsubori, A. et al. Serotonergic regulation of cortical neurovascular coupling and hemodynamics upon awakening from sleep in mice. Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism, 44(9), 1591-1607, 2024. doi: 10.1177/0271678X241238843 (セロトニン神経はマウスを睡眠から覚醒させると同時に、大脳皮質の神経血管連関と血流の調節に働く)