Topics

体内時計の正確なカウントに重要なリン酸化修飾部位を発見


体内時計プロジェクト 乙部 優太

多くの生物は、地球の自転・公転によって生み出されるダイナミックな環境サイクルに適応するため、約 24 時間周期で自律振動する概日時計を獲得しました。概日時計の自律振動メカニズムは時計遺伝子の転写翻訳を介した負のフィードバック制御だと考えられています。具体的には、転写因子である CLOCK と BMAL1 が DNA シス配列E-box に結合してPer やCry 遺伝子の転写を促進し、翻訳された PER や CRY が核に蓄積すると CLOCK-BMAL1の機能を阻害します。このような転写翻訳のネガティブフィードバック制御に加え、時計タンパク質は翻訳後修飾によってその機能が厳密に制御され、約 24 時間の時計振動が保持されています。我々はこれまでに、CLOCK のDNA 結合ドメインの Ser38 と Ser42 が PER 依存的な転写抑制のタイミングにリン酸化修飾され、その結果としてCLOCK-BMAL1 複合体が E-box から解離することを報告しました(Yoshitane et al>., MCB , 2009)。しかしこれらリン酸化修飾の生理的意義は不明でした。近年、PERによる転写抑制メカニズムの一つとして CLOCK へのリン酸化を介して CLOCK-BMAL1 複合体が DNA から乖離するというモデルが提唱されました (Cao et al., PNAS , 2021)。しかしそのリン酸化部位はどこなのか、そしてこの抑制メカニズムの破綻が時計振動にどの程度影響があるのかは不明でした。そこで本研究では CLOCK と BMAL1のノックアウトレスキュー実験系を構築し、概日振動におけるこれらリン酸化修飾の役割を調べました。その結果、 CLOCK-S38A/S42A 変異体(非リン酸化模倣体)では概日周期が短く、S38D/S42D 変異体(リン酸化模倣体)では概日リズムが消失することが判明しました。同様に、 BMAL1 の DNA 結合ドメインの Ser78 の Ala 変異(非リン酸化模倣体)は概日リズムを短縮し、Glu 変異(リン酸化模倣体)は概日リズムを消失させました。これら3つの Ser 残基のリン酸化が CLOCK-BMAL1 複合体の機能的変化を介してどのように時計振動に寄与しているのかを明らかにするために、韓国 KAIST の Kim 博士らとの共同研究により、時計数理モデルによるシミュレーションを行いました。その結果、これら Ala 変異は CLOCK-BMAL1複合体が PER 依存的に DNA から乖離するステップを阻害することを見出しました。また、CLOCK-S38/S42 とBMAL1-S78 のリン酸化レベルは、PER による転写抑制のタイミングにピークを持つことが示唆されました。さらに生化学実験により、これら3箇所へのリン酸化が PER 依存的な転写抑制に関与することを見出しました。これらの結果から、時刻依存的なリン酸化により正確で安定な時計振動が駆動されることがわかりました。本研究成果は、生物が細胞レベルで一日を正確にカウントする仕組みの理解に繋がり、将来、体内時計を自在に操作することが期待されます。概日リズムは我々自身の生体機能、すなわち健康と直結します。特に概日リズムの周期の変化は朝型や夜型などの「クロノタイプ」の原因となることが知られています。本研究によって明らかとなったリン酸化の状態を自在に操ることができるようになれば、社会活動が困難な程のクロノタイプや、シフトワークなどによる “時差ボケ”の改善につながると期待されます。

図1:

【論文】

Otobe, Y. et al. Phosphorylation of DNA-binding domains of CLOCK–BMAL1 complex for PER-dependent inhibition in circadian clock of mammalian cells. Proceedings of the National Academy of Sciences, 121(23), 2024. doi: 10.1073/pnas.2316858121. (CLOCK-BMAL1 複合体のDNA結合部位へのリン酸化はマウス概日時計における PER 依存的転写抑制を制御する)