脳神経回路形成プロジェクト元研修生 金子 乃愛
脳神経回路プロジェクト プロジェクトリーダー 丸山 千秋
サブプレート(SP)層は、大脳皮質で最初に生まれるサブプレートニューロン(SpN)と豊富な細胞外基質(Extra Cellular Matrix: ECM)からなる、哺乳類独特のニューロン層です。SpN は神経細胞移動のモード変換を促進するほか、視床から皮質への投射を制御する役割も担っていますが、SP 層になぜ豊富な ECM が存在するのか、その役割や重要性は不明でした(図1)。ECM はコラーゲンやヒアルロン酸、プロテオグリカンなどの成分からなり、多くのシグナル分子を含み、細胞の接着・生存・分化・移動を制御し、組織構築に重要な役割を果たしていることは知られていますが、発生期の脳の実質である SP 層になぜ豊富な ECM があるのかは謎のままでした。
ECM はあらゆる組織に存在し、細胞分化、形態形成や組織の維持などに重要な役割をしています。特に皮膚ではコラーゲンやヒアルロン酸などが豊富で皮膚の形状維持に重要なことは一般にもよく知られていますが、脳が作られる際にもこの ECM が重要な働きをしていることが分かりつつあります。大脳皮質はびっしりと神経細胞(ニューロン)が6層に並んだ構造を取り、そのニューロン間に精密な神経回路が形成されることで精神活動等の脳機能が発揮されます。その細胞配置は胎児期に完了しますが、正確な配置の制御にはニューロンの移動制御が重要です。
これまでに我々は SpN が移動ニューロンへグルタミン酸シグナルを送ることで移動を制御するというメカニズムを発見していましたが、そこを取り巻く ECM の役割に関してはわかっていませんでした(図1)。そこで、まずECM を人工的に分解してみるとニューロンの形態変換と移動度が障害され、また SP 層には特異的なプロテアーゼ活性があることもわかりました。そこで、移動ニューロン内でどのような遺伝子が上昇してくるか調べたところ、ADAMTS2 と呼ばれる細胞外で働くプロテアーゼの遺伝子発現が上昇することが分かりました。そこでこの遺伝子発現を人工的に上昇させたり、減らしたりしたところ、細胞内のアクチンの動態が乱れ、ニューロンの移動が障害されました。では ADAMTS2 はどのような基質を分解することでニューロンの移動制御に関わっているのでしょうか?我々は SP 層直下で TGF-βシグナルが実際に一過的に上昇することを、開発したモニター用のプラスミドと培養スライスを用いた発光イメージングにより世界で初めて観察しました。ADAMTS2 遺伝子発現を抑えるとそのシグナルが観察できないことから、ADAMTS2 の分解の標的が TGF-βを不活性型で保持している ECM(LTBP-1、バーシカン)で、TGF-βシグナルの活性化を促していることが明らかになりました(図2)。
本研究により、脳発生における ECM の存在意義の一つを明らかにできました。ADAMTS2 遺伝子の変異はエーラス・ダンロス症候群という、皮膚や他の組織の脆弱性を特徴とする先天性の難病の原因となっています。患者さんの中には精神遅滞等の脳神経症状を示す場合もあり、その症状の根底には今回発見したメカニズムが関係する可能性もあるため、今後人の疾患の理解も進むことが示唆されます。
Kaneko, N., Ohtaka-Maruyama, C. et al. ADAMTS2 promotes radial migration by activating TGF-β signaling in the developing neocortex. EMBO Reports, 25(7), 3090-3115, 2024. doi: 10.1038/s44319-024-00174-x.