脳神経回路形成プロジェクト 片山 涼香
哺乳類、爬虫類、鳥類は、約3億年前に共通祖先生物から分岐した生物群です。中でも哺乳類と鳥類は大きく発達した大脳を持ちますが、その内部構造は大きく異なっており、哺乳類は層構造、鳥類は神経細胞が固まって核状分布する核構造をとることがわかっています。構造が異なる一方で、哺乳類脳と鳥類脳は類似した神経回路を構築して情報処理を行うことも示されており、哺乳類と鳥類の大脳が種分化後の進化の過程でどのように獲得されたのか議論されてきました。進化の過程を理解するためには、発生期に脳が作られる過程とその仕組みを理解し、比較することが重要です。しかし、鳥類の核構造の大脳が形成されるメカニズムはほとんど明らかになっていませんでした。そこで我々は、ニワトリ脳において視覚情報の入力を受ける Entopallium 核という領域に着目し、そこに局在する感覚入力細胞集団の発生過程を解析しました。細胞がどのように生み出されるのかを解析するため誕生日解析、系譜解析を行うと、この細胞は神経産生最初期に、腹側の幹細胞領域から生み出されていました。この細胞産生様式は、哺乳類脳で似た機能を担っている大脳新皮質第4層の細胞とは異なっていることが分かりました。細胞の性質決定には、遺伝的プログラムによる細胞内的作用だけでなく、細胞外からの作用も影響していると考えられます。そこで、Entopallium の感覚入力細胞は、視床から投射する神経軸索によって決定されるのではないかという仮説を立てました。解析の結果、視床からの神経軸索は、Entopalliumでの感覚入力細胞マーカー遺伝子発現に先立ってこの領域に到達し、その直後に Entopallium の自発神経活動が開始することが分かりました。さらに、ニワトリの視床細胞の神経活動を発生初期から阻害すると、Entopalliumで感覚入力細胞マーカー遺伝子が発現しなくなることが明らかになりました。これらの結果から、ニワトリ脳のEntopallium 核の細胞は、視床からの神経活動入力依存的に、感覚入力細胞としての性質を獲得していることが明らかになりました。哺乳類の大脳新皮質第4層の細胞も、視床からの活動入力によって細胞性質が決定されます。本研究により、ニワトリ脳 Entopallium 核の感覚入力細胞は、哺乳類の入力細胞とは細胞産生メカニズムが異なっている一方、共通した細胞外的作用を受けることで類似した細胞性質を獲得したことが明らかになりました。哺乳類の層構造、鳥類の核構造大脳に局在する細胞集団が、異なる起源に由来する収斂進化の産物であることが新たに示されました。
Katayama, R. et al. Thalamic activity-dependent specification of sensory input neurons in the developing chick entopallium. Journal of Comparative Neurology, 532(6), e25627, 2024. doi: 10.1002/cne.25627(発生期ニワトリ脳 Entopallium 領域の感覚入力細胞の視床活動依存的な特異化)