HOME広報活動刊行物 > Oct 2016 No.023

研究紹介

ゲノム複製開始を制御する新たなメカニズムの発見

米国科学雑誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」にゲノム動態プロジェクトの楊其駿研究員らの研究成果が発表されました。

ゲノム動態プロジェクトリーダー正井 久雄


1.研究の背景

ゲノム複製は細胞の増殖にとって最も基本的な事象です。ヒト細胞は分裂するごとに、30億塩基対のDNAをほとんど誤りなくコピーし、全く同じゲノムDNAをもう1セット作り上げます。一方、複製の過程は6-8時間かかる長い過程ですが、その間に障害を受けて複製が止まったり、あるいはコピーの間違いを沢山起こすと、それはゲノムの変化として蓄積し、やがてがんやその他の疾患の原因となります。また、複製の開始・進行は、細胞周期と厳密に連動しており、その連動が破綻してもゲノムの変化が誘導されます。正常細胞においては、ゲノム変化が最小になるように、複製の過程は厳密に制御されています。一方、がん細胞では複製の制御に障害が生じることにより、ゲノムが”不安定”になる可能性が示唆されていますが、詳細は不明です。


2.研究成果の概要

私たちは複製開始の引き金を引くCdc7キナーゼの研究を長年行ってきており、Cdc7はMcmというDNA二本鎖を開裂する酵素をリン酸化し複製開始を開始させることを発見し報告してきました。一方、Claspinは複製フォークの「見張り役」で、複製が止まったり、動きが悪くなったときにそれを見つけて修正する役割をはたします。今回、私たちはClaspinは複製フォークが形成される前にCdc7を呼び込む役割をすること、さらにClaspinはCdc7によりリン酸化され、その形態を変化させDNAとPCNAに結合できるようになり、複製フォークに取り込まれることを発見しました。

さらに興味深いことに、がん細胞ではCdc7はClaspinがなくても複製開始に必要なMcmのリン酸化を行うことが明らかになりました。本研究の成果から、ClaspinはCdc7と連携して、細胞周期進行と連動した、秩序正しい複製開始と進行を保証することが明らかとなりました(図)。一方、がん細胞ではこの制御を失うことにより複製の開始と進行の脱制御が引き起こされ、細胞周期進行の異常、ゲノム不安定性亢進がもたらされる可能性があります。

図. Claspinの複製開始における役割とがん細胞と正常細胞の違い

図

正常細胞:Claspinが結合する複製起点においてacidic patch(酸性アミノ酸クラスター)にCdc7が呼び込まれ、Mcmのリン酸化をひきおこす。
がん細胞:Claspinがなくても過剰に存在するCdc7によりMcmはリン酸化され複製が脱制御された状態で開始する。


3.発見の意義

Cdc7キナーゼは複製開始の引き金をひきますが、今回の発見は、Claspinは複製フォークの進行のみならず、Cdc7キナーゼを呼び込む事により複製開始のタイミングと部位を制御することが明らかになりました。この発見は動物細胞のゲノム複製制御に新しい視点を加えました。一方、この制御システムはがん細胞では作動していないことも明らかになりました。本研究の発見は、がん細胞のゲノム不安定性の原因となる複製制御異常の一側面を初めて明らかにしたという点でも意義深いものです。


参考文献

Yang CC, Suzuki M, Yamakawa S, Uno S, Ishii A, Yamazaki S, Fukatsu R, Fujisawa R, Sakimura K, Tsurimoto T, Masai H. Claspin recruits Cdc7 kinase for initiation of DNA replication in human cells. Nat Commun. 2016 Jul 12;7:12135.
doi:10.1038/ncomms12135.

ページの先頭へ