2026年1月13日
認知症プロジェクト(当時)の木村妙子研究員(現・東京大学大学院薬学系研究科助教)らの研究グループは「接触スポーツなどによる反復的な軽度頭部外傷は、認知症で見られる凝集体タンパク質の広がりを加速させる―ヒトの頭部外傷を再現するマウスモデルによる慢性外傷性脳症の研究―」についてActa Neuropathologica Communications に発表しました。

当研究所 認知症プロジェクト(当時)の木村妙子研究員(現・東京大学大学院薬学系研究科助教)、長谷川成人副所長・臨床医科学研究分野長、東京都立大学の久永眞市名誉教授らの研究グループは、ヒトの頭部外傷再現するCHIMERA装置を用いて、軽度の頭部外傷の繰り返し(repetitive mild TBI; rmTBI)がタウ病理に与える影響を詳細に解析しました。
その結果、タウ病理を有するタウ遺伝子導入マウスでは、rmTBIがタウ病理の指標であるリン酸化タウを増加させ、脳内での病理を拡大・伝播させることが明らかになりました。 特に、タウ線維を脳に接種するタウ伝播実験では、rmTBIによる接種した部位から遠隔部位である脳皮質への病理の広がりが確認され、繰り返される軽度外傷がタウ病理の“進行を加速する”ことが初めて実証されました。
成果は、アルツハイマー病や慢性外傷性脳症(CTE)など、タウ蓄積を伴う神経変性疾患の悪化要因に関わる重要な手がかりを提供します。さらに、スポーツ活動や転倒リスクの高い高齢者など、繰り返し軽度の頭部衝撃を受ける可能性のある人々においては病態の発症や進行防止の観点からも重要な発見です。
本研究成果は、脳外傷によるタウ病理悪化のメカニズム解明を目指したものですが、アルツハイマー病を含むタウオパチーの新たな治療法開発にも貢献することが期待されます。
本研究成果は、2026年1月8日付けで国際学術誌『Acta Neuropathologica Communications』電子版に掲載されました。
慢性外傷性脳症(Chronic Traumatic Encephalopathy:CTE)は、接触型スポーツ選手や交通事故被害者、爆風に曝される軍関係者などが繰り返し軽度頭部外傷(repetitive mild TBI; rmTBI)を受けた後に発症する神経変性疾患であり、アルツハイマー病と同様にタウタンパク質の異常リン酸化と凝集を主な特徴とします。しかし、軽度の繰り返し頭部外傷がどのようにタウ病理を誘導し、悪化させるかは十分に解明されていませんでした。
本研究では、ヒトの頭部外傷を再現できる回転加速度型頭部外傷発症装置「CHIMERA(Closed-Head Impact Model of Engineered Rotational Acceleration)」を用いて0.6ジュールのエネルギーの軽度外傷(rmTBI)を3日間隔で5回繰り返し与えました。その結果、マウスは自発運動量の低下(図1a.b)、歩行時の左右差、側脳室の拡大など、ヒトCTEで見られる運動機能障害および脳構造の変化を示しました。さらに、視索や脳梁などの白質領域では軸索損傷やミクログリアおよびアストロサイトの増加を伴う神経炎症が確認され(図1c)、神経回路障害も起こっていることが示されました。
しかし、野生型マウスではrmTBIを与えてもタウ病理の指標であるAT8やAT180抗体で検出されるリン酸化タウは検出されず、頭部外傷単独ではタウ病理が起こらないことが明らかとなりました。これに対し、タウ病理を形成し、タウオパチーの研究に用いられている変異ヒトタウ遺伝子導入マウス(前頭側頭型認知症パーキンソニズムで見られる変異を持つヒトタウを遺伝子導入したマウス)では、大脳皮質の運動野および体性感覚野の深層(皮質第V/VI層)において、外傷後2か月でAT8陽性細胞が有意に増加し、タウ病理の形成促進が認められました(図2 a,b)。さらに、樹状突起の膨化や断裂などの形態学的異常も観察され、タウの局在化異常や凝集形成の可能性が示唆されました。
また、アルツハイマー病などのタウオパチーでは異常タウ線維が正常タウを異常型に変化させて細胞間を伝播することが示されています。本研究では、このタウ伝播に及ぼす影響についても検討しました。野生型マウスの線条体にタウ線維を接種し、その後にrmTBIを与え、1年後に皮質への病理伝搬を解析しました。その結果コントロール群に比べて頭部外傷群でタウ病理が有意に増悪し、タウの伝播が促進されていることが示されました(図2 c,d)。これは、頭部外傷がタウ凝集の伝搬を促進し、病理の脳内での進行を加速させることを示す重要な結果と考えられます。
これらの知見から、繰り返しの軽度頭部外傷はタウ病理の伝播を促進するリスク因子であることが示されました。アルツハイマー病の例からタウ病変は高齢者で生ずると考えられているが、最近は30代頃から少量のタウ病理が出現し始めることが報告されており、外傷の影響はより広い年齢層で無視できない可能性があります。
本成果は、接触型スポーツ選手、交通事故被害者、爆風曝露を受ける軍関係者、さらには転倒リスクの高い高齢者など繰り返し軽度頭部外傷を経験する可能性のある人々において、神経変性疾患の発症や進行と軽度頭部外傷との関連を示唆する重要なものです。さらに、スポーツや日常生活における頭部保護(ヘルメットやプロテクターの着用など)の重要性を再認識させる結果ともいえます。
本研究におけるすべての動物実験は、東京都医学総合研究所動物実験委員会の承認(承認番号:JP17pc0101006)を受け、関連する法令および指針に従って適切に実施しました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)医療研究開発革新基盤創成事業の研究開発課題名「産医連携拠点による新たな認知症の創薬標的創出」(JP17pc0101006)、日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究C JP23K06112、研究代表:木村 妙子)、東京都特別研究「認知症発症メカニズム解明と新規治療法等の研究の推進」の支援により実施されました。