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開催報告

都医学研 第3回都民講座 (平成29年7月27日開催)
「ものわすれ、脳とこころの楽屋裏」

脳病理形態研究室 室長内原 俊記

第3回都民講座(7/27開催)

今回の都民講座は加齢と認知障害の関係を実際の脳病変と臨床現場を互いに関連させてとらえなおすことを意図したものでした。仏教では人間の苦悩を「生・老・病・死」と区別し、死に至る「老」とその経過で起こる「病」は異なるとされています。アルツハイマー病脳を顕微鏡で観察した際にみられる神経原線維変化や老人斑は、ある年齢以上になるとほとんど全てのヒトの脳にみられるものです。その量とばらつきは加齢と共に増加するので、正常との境界は高齢者になる程、不明瞭となります。そうしますと、加齢で増加する病変の延長にアルツハイマー病は位置するということもでき、これを「老」の延長と理解するか、「老」とは異なる「病」ととらえるかは大きな問題となります。実際、神経原線維変化という病変を構成するタウ蛋白は、元来、正常脳に豊富に存在する自分自身の蛋白で、これらが変化して病変を形成します。一方、近代医学は「病」の起源を細菌などの自己とは異質の外因に同定し、これを排除する戦略で大きな成功をおさめてきました。はたしてこうした戦略が、自分自身の蛋白が変化して形成されたアルツハイマー病変を異物として排除するのにも有効なのかは、今後検討の余地があるといえます。前半では、上記の視点を脳病変の見地から私がお話しました。後半では、脳内のこの図式が実際の症状とどのように関係するかを東京大学名誉教授大井玄先生に実例をあげて示していただきました。すなわち、高齢者の物忘れは「老」の延長にあり、高齢で顕在化するのはごく自然な過程であり「老耄」としてとらえるほうが、「病」ととらえるより適切ではないかとの指摘です。記憶・認知障害をもつ高齢者はさまざまな困難を自覚し、周囲にも負担をかけるかのように思われますが、同程度の記憶・認知障害をもつ高齢者が東京では疎外されがちなのに対して、沖縄では尊敬の対象とすらなり、堂々と日常生活を全うできる家族・社会環境があるといいます。高齢者をとりまく沖縄の家族や社会がこうした障害を互いに受け入れやすくできるというお話が、聴講者に驚きと静かな共感を呼んだことが、アンケートからもうかがわれました。今回725名と定員を大幅に超える申込みをいただき、当日も452名と多数の都民の方々や、四国や新潟から足をはこんでくださった方もおられ、加齢や認知障害に対する関心の高さがうかがわれました。その期待に応え、大変わかり易いお話をしてくださった東京大学名誉教授大井玄先生、広報と円滑な運営に力を尽くされた関係各位にこの場を借りて御礼申し上げたいと思います。

第3回都民講座(7/27開催)
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