HOME広報活動刊行物 > Jan 2019 No.032

特集

年頭所感

所長正井 久雄

正井久雄 所長

明けましておめでとうございます。昨年4月に田中啓二前所長の後任として、東京都医学総合研究所の所長を拝命いたしましてはや9ヶ月が過ぎました。

2011年4月、東日本大震災という未曾有の国難の真っ只中に、苦難の旅立ちをした都医学研は今年で9年目を迎えます。この間、田中前所長、現理事長のリーダーシップの元、3研究所が、時間をかけた融合を経て、新生の研究所へと生まれ変わりました。最新の施設を全研究者が共有する機器管理・使用システム、間接経費などを利用した、シームレスな研究活動の援助、実験ノート記載ルールの徹底とデータ管理のチェックシステムの強化による研究不正の防止、研究所の研究の発展をサポートする基盤技術研究センター・知的財産活用センター・病院等連携研究センターの設立と充実化、研究員・サポートメンバーも含めた全員の努力が報われる公平な評価システム、研究成果の都民への還元を目指す種々の広報活動(都民講座、サイエンスカフェ、高校生フォーラムなど)の活性化など多くの取組みが実を結び、研究所が一体となって研究を推進する体制が確立しました。この8年間で研究所の融合、発展が進み、その基盤が盤石なものとなりつつあります。この間、研究所の発展に貢献していただいた研究者の皆様一人ひとりと、私たちの研究を支えてくださった研究支援センターおよび事務の方々に、改めて感謝したいと思います。

新年にあたり、次の5年間のキーワードを考えてみました。私は、『共有』、『シナジー』、『国際化』の3つを挙げたいと思います。都医学研は、基礎医学研究、臨床医学研究、社会医学研究がいずれも高いレベルで進行するという、医学研究所として、他に例をみない組織・構造を有しています。これまで7年間の融合過程を経て、これからは、真の研究の融合が求められます。生命科学研究は、我々人間がどのようなメカニズムで作動しているかを明らかにすることが究極の目的です。これまでは、自分の得意とする研究技法で何ができるかを考えることが多かったのですが、今後は目的を達成するためにすべての技法(生物情報学は元より、化学,物理,数理科学,工学的技法,さらにAIやロボティクス)を駆使することが求められます。我々が有する、すべての技術、知識を総動員して問題を解決することにより、生命科学の新たな地平線を切り拓くことが可能になります。そのためには、研究所の構成員が、真の意味での知識の『共有』に至ることが必要だと感じます。

『シナジー』は相乗効果ということですが、この原稿を書いているとき、福岡国際マラソンが開催されており、日本人選手が好記録で14年ぶりに優勝しました。昨年は、16年も破られなかった日本記録が二度も更新され、今回も久々の日本人の優勝でした。多分偶然ではなく、一人が良い結果を出すと、他の選手にも相乗効果が生じるのではないかと思います。研究もおそらく同じではないでしょうか。都医学研においても、ぜひ『シナジー』により、相乗的に素晴らしい研究成果が湧き上ってほしいと思います。

『国際化』に関して、恩師である故新井賢一先生は“Science is beautiful human endeavor and common language that unites people.(科学は、人間の高尚かつ秀麗な活動であり、共通の言語として人々を結びつける)”という言葉をよく言われていました。研究所の活動を通じて東京都の『国際化』に貢献すると共に、国際的に認知される研究所を目指します。そのために、これまでの取組みを継続するとともに新たな取組みも提案します。

2018年の生命科学におけるビッグニュースは、2016年の大隅良典先生に引き続き、本庶佑先生のノーベル医学生理学賞の受賞でした。本庶先生は、免疫グロブリン遺伝子の多様性の獲得メカニズムに関して、クラススイッチ遺伝子再編成と体細胞突然変異によるメカニズムの発見、さらに、これらのプロセスを制御する活性化誘導シチジンデアミナーゼ(Activation-Induced [Cytidine] Deaminase、AID)の発見、そして、さらに今回のノーベル賞受賞対象となったPD-1の発見とそれによるT細胞の免疫反応抑制メカニズム(免疫チェックポイント)、そして免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体)による画期的な制癌効果の実証など免疫学の重要問題を次々と解明されました。研究者は、一生に、後世に残る重要な発見を一つだけでもしたいと誰もが毎日努力していますが、それぞれがノーベル賞級の発見をいくつもされてきた本庶先生には驚嘆するしかありません。その研究は日本の科学研究費により行われたものであり、大村先生、大隅先生の受賞、昨今の他の分野におけるノーベル賞の受賞とも合わせて、日本の過去40年間の科学政策の成果として位置付けることができると思います。しかし、現在の科学研究費配分システムがこれから20年後のノーベル賞につながるかどうかはわかりません。このあたりの議論は昨年の田中前所長の年頭所感にも詳細に述べられており、私も全く同じ危機感を共有しています。DNA ポリメラーゼの発見により1959年にノーベル医学生理学賞を受賞したArthur Kornberg 博士はその著書『Golden Helix』の中で“Necessity is seldom the mother of invention. Rather, true inventions beget necessities.”(必要が発明の母になることはほとんどない。多くの場合、真の発見が必要を生む)と述べています。組換えDNA技術、PCR技術、そして現在大きな注目を集めているゲノム編集技術がどのようにして生まれたかというプロセスを振り返るとこれは自明なことです。発見の芽を逃さないような幅広い研究費配分が、今後日本から、継続的に、必要を生む真に画期的な発見が生まれるための鍵になると信じます。

私たちの同僚であり、盟友であった反町洋之参事研究員の御逝去という、大変悲しいニュースから始まった2018年は、私にとっては、まさに激動の1年でありました。この悲しみと喪失感は一年たった今も、全く消え去ることはありません。廊下を歩いている時、あるいは駐輪場に自転車を置く時、反町先生が、また、あの優しい笑顔でひょっこりと現れるのではないか、と今も周りを見回してしまいます。陳腐な言葉ですが、カルパインプロジェクト、そして研究所全体が、反町先生のかなえられなかった分まで頑張るしかありません。

明るいサイドから都医学研の2018年を振り返りますと、

  1. Nature Index 2018 Japanが3月に発表した、質の高い研究所に関する日本の研究機関ランキングで、都医学研が「生命科学」分野で1位にランクインしました。また、クラリベイト・アナリティクスによる高被引用論文数の分子生物学ランキングで全国7位に、研究費新規採択率で全国13位にランクされ、文部科学省科学研究費とともにJST CRESTやAMEDの大型研究費など、多くの研究費が獲得されました。これらの成果は研究員の皆様が、毎日さらに高みを目指して切磋琢磨して努力されていることをそのまま反映しているものと思います。
  2. 研究成果の上でも、丸山千秋副参事研究員らによる脳の層形成におけるサブプレートニューロンの役割の解明(Science)、大竹史明主席研究員、土屋光研究員、佐伯泰副参事研究員らによる ユビキチン制御に関する一連の発見(PNAS、Nature Communications)、山野晃史主席研究員、松田憲之副参事研究員らによる不良ミトコンドリアを分解する新しい仕組みの解明(Elife)、本多武尊主任研究員らによる正しい運動を実行するための運動学習の仕組みの解明(PNAS)、宮下知之主席研究員らの反復学習が記憶を蓄える細胞集団を形成するメカニズムの解明 (Cell Reports)など多くの特筆すべき成果が、著名な雑誌に発表されました。その他、多数の成果が報告され、それらはHPに随時TOPICSとして掲載されました。
  3. 病院等連携研究センターが中心となり、都立病院における臨床現場での発見を基盤に都医学研との共同研究の新しいシーズの探索を行い、2018年に新たに5件の都立病院等連携研究が開始されました。今年も、さらに多くの連携研究が発足することを期待しています。
  4. 外部へ研究成果の発信をより積極的に行うために、新井副所長らが中心となってHPを整備しました。スタイリッシュな一般の方向けの研究紹介のページも完成し、研究所全体のHPは日本語、英語とも大変充実したものになりました。また、海外での知名度をあげるためにNature Index誌に都医学研の紹介記事 (https://www.natureindex.com/supplements/nature-index-2018-japan/tokyo-metropolitan-institute-of-medical-science-tmims) を掲載するとともに、英語の研究所紹介冊子を作成し、国際レベルでの情報発信をより効果的に行えるようにしました。さらに、都民の皆様、一般の方々への成果の還元、情報開示のために、8回の都民講座、高校生フォーラム、年3回のサイエンスカフェなどアウトリーチ活動を積極的に行い、より効果的に、より多くの方に知ってもらい参加していただけるよう、場所や時間帯などについても、工夫を凝らして企画を進めてきました。

2019年の具体的な課題としては、まず第一に、第3期プロジェクトの終了に伴う成果のとりまとめと、次期第4期プロジェクト開始に向けた準備が挙げられます。田中先生は第3期プロジェクト開始時の2015年の年頭所感で“第3期プロジェクトにおける成長こそが、都医学研を発展基調に乗せ、未来永劫の栄光を確保する布石として最も重要であると認識します“と書かれています。第3期の最終年度を迎え、発展基調に乗ったことは間違いないと確信しています。第4期に向けて、現状に安住することなく、また、受け身に回ることなく、さらなる進化を目指します。第二に、4月から、専任の研究員も配置してゲノム医学研究センター(仮称)の設立に着手します。ゲノム解析は、現在の生命科学研究では、スタンダードな技術となりつつあり、都医学研でも、すでに多くの研究者が、この技術を用いて研究を行っていますが、病院連携研究をさらに効率的に進める上でも、ゲノム解析の専門家による解析が望まれていました。転写を中心とした、ゲノム解析の技術開発、基礎研究を行うと同時に、研究所におけるゲノム解析の柱の構築を目指します。第三に、病院連携研究のさらなる開発と、成果をもたらす努力をします。臨床の場でのシーズを元に、都医学研の研究力を基盤に、未知の疾患病理の解明、新規診断、治療法の開発につながる発見を目指し、病気に苦しむ患者さんへ成果を還元します。第四に、引き続き、国内外への発信、一般の方々への成果還元・情報開示を積極的に行います。英文研究所紹介冊子については、更新・改訂するとともに、配布用のコンサイス版も作成しますので、研究所の海外での宣伝に活用していきたいと思います。

2019年は亥(いのしし)年ですので、一般的には猪突猛進し、勇気をもって、時には冒険も厭わず突き進むイメージですが、調べてみますと、少し違っていました。干支(えと)で言うと、2019年は、十干(じっかん)が己(つちのと)で、十二支が亥(いのしし)ですので、干支は己亥(つちのとい)となるということです。己(つちのと)は、植物の成長に例えると、草木が成長を終えて姿が整った状態を表します。一方、亥(い・がい)は、十二支の最後にあたり、同じく植物に例えると、草や花が枯れ落ちて、植物の生命が引き継がれて種の中にエネルギーがこもっている状態です。奇しくも、第三期プロジェクトが終了し、成果がまとまり、さらに次の第四期に向けてエネルギーを蓄え準備ができているという都医学研のこの一年を大変よく反映している干支といえます。前回の己亥である60年前の、1959年は、私の生まれ年です。この時には、皇太子様のご成婚がありましたが、2019年は平成が終わり、新天皇が即位されます。大きな時代の節目となる2019年、共有とシナジーにより、この研究所から、生命科学に新しい息吹を吹き込むような発見が生まれることを期待すると同時に、亥の肉は万病に効くという言い伝え通り、皆様の一年が『無病息災、すなわち健康かつ幸福な一年』となることを祈念します。

正井久雄image

最後に、研究所はもちろん成果が第一に重要ですが、それと同時に、毎日、出勤されて職務を果たす皆様にとって、楽しい場所、ここで仕事ができてよかったと思うことのできる職場にすることが重要と考えています。そのような研究所にするために、所内外の皆様のご意見を伺いつつ、精一杯努力していく所存でありますので、今後ともご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。

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