東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2014年

TOPICS 2014

2014年4月5日

英国科学雑誌「Human Molecular Genetics」に認知症プロジェクトの野中隆副参事研究員、長谷川成人参事研究員らの研究成果が発表されました。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者脳に蓄積する原因タンパク質TDP-43の細胞毒性のメカニズムを解明 ~ALSの発症メカニズムの解明・治療法開発に期待~

(公財)東京都医学総合研究所の野中隆副参事研究員、長谷川成人参事研究員らは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)※1や前頭側頭葉変性症※2の患者脳に出現する原因タンパク質TDP-43が神経細胞に毒性を発揮するメカニズムの一端を解明しました。 この研究成果は、TDP-43がどのようなメカニズムで神経細胞を障害し発症に導くのかというALSの発症メカニズムの解明、さらに治療薬の開発に大きく貢献することが期待されます。なお、この研究は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域および厚生労働省難治性疾患等克服研究事業による補助により実施されました。

この研究成果は,英国科学雑誌「Human Molecular Genetics」の2014年4月5日(米国時間)付オンライン版で発表されました。

1.研究の背景

アルツハイマー病、パーキンソン病あるいはALSに代表される神経変性疾患では、患者脳の神経細胞内に特定のタンパク質からなる異常な凝集体(固まり)が形成され、これが神経細胞死を引き起こし、最終的に発症すると考えられています。 ALSではTDP-43というタンパク質が細胞内で不溶化・蓄積し、異常な凝集体を形成することが分かっていますが、この凝集体形成によりどのようにして神経細胞が障害されるのかは分かっていませんでした。

今回、野中副参事研究員らは、培養細胞を用いて、TDP-43が引き起こす細胞毒性のメカニズムの一端を明らかにしました。

2.研究の概要

患者脳に蓄積するTDP-43の特徴の一つとして、全長TDP-43が切断を受けて生じた断片が多く蓄積していることが報告されています。 そこで、私たちは、培養細胞に全長TDP-43やその断片を強制的に過剰発現させてみました。その結果、全長TDP-43を過剰発現した細胞では、患者脳に見られるTDP-43の凝集体形成は見られませんでしたが、顕著な細胞死が観察されました。またこれらの細胞ではアポトーシス※3が誘導されていることも判明しました。一方で、TDP-43の断片を過剰発現した細胞では、患者脳に見られる異常な凝集体が観察されました。これらの細胞では顕著なアポトーシス様の細胞死は見られませんでしたが、その代わりに細胞増殖の抑制が認められました。さらに、これらの細胞内で形成されたTDP-43凝集体を詳細に解析したところ、他の遺伝子発現に必須なRNAポリメラーゼIIや転写因子がTDP-43凝集体に巻き込まれるように一緒に蓄積しており、そのためこれらの細胞では、様々な遺伝子の転写活性が低下していることが判明しました。 以上の結果より、TDP-43による細胞毒性には2種類の異なるメカニズムが存在することが明らかになりました。すなわち、一つは、細胞内の正常なTDP-43量が増加することにより、アポトーシス様の細胞死が誘導されること、またもう一つは、TDP-43凝集体形成により、様々な遺伝子の発現に必須な転写関連タンパク質が凝集体に巻き込まれてしまい、その結果、細胞増殖に必要な遺伝子発現が抑制され細胞毒性が生じることの2つのメカニズムが存在することが初めて明らかにされました。

これまでは、細胞内のTDP-43量は厳密に制御されており、その量が少なくても多くても細胞にとっては良くないことが知られていましたが、なぜ多いといけないのかは分かっていませんでした。また凝集体による細胞毒性もどのようなメカニズムで引き起こされるかは不明でしたが、今回の研究でその一端が解明されました。実際の病気の発症を考えると、ALS患者脳においてTDP-43発現量の増加はこれまでには報告されていないことから、脳におけるTDP-43量の増減というよりはむしろ、凝集体形成による細胞毒性がALS発症の原因ではないかと推察されます。

【用語説明】

※1 筋萎縮性側索硬化症(ALS):
筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、極めて進行が速く、約半数の患者さんが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡するという難病です。1年間に人口10万人あたり1~2人程度が発症するといわれており、国内の患者数はおよそ7000人です。脳や脊髄の神経細胞に異常なタンパク質凝集体が出現しますが、2006年に我々の研究グループおよび米国の研究グループにより、TDP-43というタンパク質がその主要な構成成分であることが判明しました。
※2 前頭側頭型変性症:
アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症に次いで頻度が高い認知症で、若年性認知症に分類される中高年期に好発します。アルツハイマー病とは異なり、特有の人格障害や行動障害を来します。ALSと同様に、脳の神経細胞にTDP-43からなる異常な凝集体が多数出現する病気です。
※3 アポトーシス:
細胞が死ぬ場合の様式の一つで、プログラムされた細胞死とも呼ばれています。生物の発生過程では必須な細胞死であり、個体を良好な状態に保つために積極的に引き起こされます。アポトーシスが誘導された細胞は、周囲の細胞に悪影響を及ぼさないように自ら死滅していきます。

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