東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2015年

TOPICS 2015

2015年3月30日

米国生理学会誌「Journal of Neurophysiology」に、前頭葉機能プロジェクトの中山義久研究員、横山修研究員、 星英司副参事研究員らの研究成果が発表されました。

前頭葉の運動野の機能構築は大脳皮質の進化の過程を反映する 〜未分化から組織化へ〜

(公財)東京都医学総合研究所の中山義久 研究員、横山修 研究員、星 英司 プロジェクトリーダーの研究チームは、前頭葉にある2つの運動野の「機能構築」が異なっており、それは大脳皮質の進化の過程を反映することを発見しました。

ヒトを初めとする霊長類の前頭葉は運動の発現において中心的な役割を果たします。前頭葉には、7つもの運動野があり、各々の機能的な特徴が徐々に明らかになっております。本研究で注目した左右の手の使い分けについては、前頭葉内側面の運動野が重要であることが示唆されていましたが、その実態は不明でした。そこで、サルが右手または左手でボタンを押す運動をしている最中に、内側面にある2つの運動野[補足運動野(SMA)、帯状皮質運動野尾側部(CMAc)]から多数の神経細胞の活動を記録しました。その結果、対側の手の動きを選択的に反映する細胞(対側細胞)、同側の手の動きを選択的に反映する細胞(同側細胞)、両手の動きを反映する細胞(両側細胞)が両方の運動野に見出されました。続いて、こうした細胞の空間分布をミクロの精度で解析したところ、SMAとCMAcの機能構築が異なることが明らかとなりました。SMAは同じ選択性を持つ細胞が0.4ミリメートル程度の広がりを持つグループを形成しており「組織化」が進んでいるのに対し、CMAcでは異なる特性を持つ細胞が混在しており「未分化」であることが明らかとなりました。

大脳皮質の進化に伴って、細胞構築が組織化されること(層構造が明瞭化するなど)が知られております。今回の研究成果は、機能的にも、進化的に古い皮質(CMAc)から新しい皮質(SMA)へ向かって、「機能構築」が組織化されることを示します。こうした基本原理の解明は、運動発現の神経機構の理解、ならびに、各運動野の機能不全による運動障害の病態解明への重要な手がかりとなります。

この研究成果は、米国生理学会誌「Journal of Neurophysiology」2月25日のオンライン版に掲載されました。さらに5月末に「Journal of Neurophysiology」に掲載されます。

1.研究の背景

運動の発現において中心的な役割を果たす前頭葉の外側面には3つの運動野(一次運動野[M1]、運動前野腹側部[PMv]、運動前野背側部[PMd])が、そして、内側面には4つの運動野(補足運動野[SMA]、前補足運動野[pre-SMA]、帯状皮質運動野吻側部[CMAr]、帯状皮質運動野尾側部[CMAc])があります(図1)。一口に運動と言っても、例えば、テニスの場合にはボールの動きといった視覚情報に依存しますし、練習を重ねて暗譜して演奏するピアノ演奏の場合には脳に記憶された情報に依存します。このように、多様な条件で適切に動作が行えるようにするために、7つもの運動野が進化の結果として生まれてきたと考えられます。

前頭葉には3つの進化の傾向(グラデーション)があり、それらは、帯状皮質[帯状皮質グラデーション]、島皮質[島皮質グラデーション]、一次運動野[M1グラデーション]でです(図1)。このうち、帯状皮質と島皮質を起源とするグラデーションは進化的に古く、M1グラデーションはより新しいと考えられます。

本研究では、左右の手の使い分けの観点から、帯状皮質グラデーションに属する帯状皮質運動野尾側部(CMAc)と補足運動野(SMA)の機能構築を調べました。CMAcはSMAに比べて、グラデーションの起源(帯状皮質)により近いため、進化的により古い運動野と考えられます。

図1:前頭葉の7つの運動野と3つのグラデーション

図1:前頭葉の7つの運動野と3つのグラデーション

2.研究の概要

画面上の指示にしたがって、右手または左手でボタンを押す運動課題をサルに学習させました(図2)。サルは、画面の左側(右側)に指示刺激が現れたら、左手(右手)でボタンを押すことによってジュースがもらえました。

図2:行動課題

図2:行動課題

続いて、この課題を遂行している最中に、左脳のCMAcとSMAから多数の神経細胞の活動を記録しました。その結果、両者において、対側の手(右手)の動きを選択的に反映する細胞(対側細胞)、同側の手(左手)の動きを選択的に反映する細胞(同側細胞)、両手の動きを反映する細胞(両側細胞)が見出されました(図3)。

図3:3つの細胞活動の例。A, 対側細胞;B, 同側細胞;C, 両側細胞

図3:3つの細胞活動の例。A, 対側細胞;B, 同側細胞;C, 両側細胞

さらに、3種類の細胞の空間分布をミクロの精度で調べたところ、SMAは同じ選択性を持つ細胞が0.4ミリメートル程度の広がりを持つグループを形成しており「組織化」が進んでいるのに対し、CMAcでは異なる特性を持つ細胞が混在しており「未分化」であることが明らかとなりました(図4)。

図4:まとめ

図4:まとめ

3.研究の意義と今後の展望

大脳皮質の進化に伴って、構造的に細胞構築が組織化されることが知られております。例えば、進化的に古い皮質は層構造が不明瞭ですが、新しい皮質は層構造が明瞭に分かれてきます。本研究では、進化的に古い皮質(CMAc)から新しい皮質(SMA)へ至る過程で、同じ特性を持った細胞がグループを作り始めることを示すことにより、組織化が脳機能を理解するためにも重要なポイントであることを明らかとしました。

人間社会においても、部・課・係といった組織化が進むことによって、複雑な処理が効率的に行えるようになります。これと同じようなことが脳においても起こっているのかもしれません。組織化のメリットとしては、情報の流れがスムーズになる、情報処理のエラーが減り強固になる、一つのゴールに向かって多種多様な処理を適切に配置できる、情報処理の精度が上がるなどが挙げられます。

今後、組織化の観点から脳機能の解明を目指すことにより、運動発現の神経機構の解明、ならびに、各運動野の機能不全による運動障害の病態解明につながることが期待されます。

4.研究支援

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域における研究課題「霊長類の大脳―小脳―基底核ネットワークにおける運動情報処理の分散と統合」(研究代表者:星 英司)、科学研究費補助金 若手研究B「左右の手を用いる動作の神経回路メカニズムの解明」(研究代表者:中山 義久)の支援を受けて行われました。

5.論文

著者:
Nakayama Y, Yokoyama O, Hoshi E (中山 義久、横山 修、星 英司)
タイトル:
Distinct neuronal organizations of the caudal cingulate motor area and supplementary motor area in monkeys for ipsilateral and contralateral hand movements.(同側と対側の手の動きのための帯状皮質運動野と補足運動野における異なる神経構成)
掲載誌:
Journal of Neurophysiology(ジャーナル オブ ニューロフィジオロジー:米国生理学会誌)

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