2015年10月5日
英国科学誌「Nature Structural & Molecular Biology」に正井久雄副所長、加納豊主任研究員らの研究成果が発表されました。
(公財)東京都医学総合研究所の正井久雄副所長、加納豊主任研究員らは、ゲノム複製制御機構の解析を通じて、ゲノム上に存在するDNA高次構造を介して、ゲノム機能を制御する新しいメカニズムを発見しました。本研究成果は、ゲノム機能制御の新しい原理の解明に繋がる可能性があるとともに、がんや種々の疾患の原因解明に新しい道を開くものです。
本研究は、東京農工大の長澤和夫教授、慶應大学の河野 暢明博士、東京大学の白髭克彦教授との共同研究により、日本学術振興会科研費(基盤研究、新学術領域研究)の一環として行われました。本研究成果は、2015年10月5日(米国東部時間)に英国科学誌『Nature Structural & Molecular Biology(ネーチャーストラクチュラルアンドモレキュラーバイオロジー)』にオンライン掲載されました。
ゲノムを構成するDNAは通常、B型の2重らせん構造※1をとります。この構造は安定でほとんどのゲノム領域はこの形をとっていると思われます。しかし以前からDNAは3重鎖、4重鎖、左巻きDNA、十字架構造などB型の2重らせん構造以外の構造をとり得ることが知られています。これらの構造は試験管内で深く解析されましたが、生体内での意義は不明でした。特にグアニン4重鎖構造※2(以降G4構造と記載します)は80年代末の発見以来多くの研究がされてきました。テロメア※3配列内でのG4構造配列の存在はよく知られていますが、その意義は明らかではありませんでした。G4構造を形成しうる配列は大腸菌ゲノムに6千カ所、ヒトゲノムに35万カ所以上存在すると推定されており、最近特異的な抗体や、結合化合物を用いて、実際にG4構造が核の中に存在することも示唆されています。これまで、G4構造は複製を阻害しゲノム変動を誘導する事が報告されています。しかし、G4構造の普遍的な機能については不明でした。正井研究員らは、遺伝子をコードしていない領域に存在するG4構造が、特異的なタンパク質に認識され、染色体を寄せ集めて、複製のタイミング※4などを決定する染色体の機能ドメイン※5を形成する可能性を明らかにしました。本発見はG4構造の普遍的かつ保存された生物学的機能の解明に進歩をもたらすものです。
私たちは、複製のタイミングを決定するメカニズムを解析する過程で、Rif1というタンパク質がなくなると、複製タイミングの制御が失われることを発見して報告してきました(Genes Dev 2012; EMBO J 2012)。Rif1は酵母からヒトまで保存されたタンパク質で、核に存在し、クロマチンループ*7を形成し、クロマチンの機能ドメインを形成していると想像されました(図1)。
Rif1は核膜上の核骨格結合領域に結合し、クロマチンループ構造の形成を介して中期・後期複製ドメインを形成する(図の一部はWikipediaから改変)。
そこで、本研究では、まず分裂酵母ゲノム上におけるRif1タンパク質の結合部位をChIP-Seq法*8により決定しました(図2)。その結果12.5Mbのゲノム上に35個の強い結合部位を同定しました。これらはいずれも遺伝子間領域に存在し、情報解析から、S期後期に開始する複製起点の近傍に存在することが明らかになりました。さらに結合部位の配列解析から、Gの連続配列を含む保存された配列を見出しました。この保存配列のほかにもRif1結合部位はGの連続配列を複数個含むことが明らかになりました。さらにゲノム上のRif1結合配列上の保存配列に変異を導入した結果、Rif1のクロマチン結合が局所的に消失するとともに、その近傍の複製タイミングが脱制御され、複製起点がS期初期に活性化されるようになりました。これは、同定した保存配列がRif1のクロマチン結合とRif1の機能発現に重要な役割を果たしていることを示します。
次に、Rif1がどのような保存配列に依存してRif1結合領域に結合するかを生化学的に解析しました。精製したRif1タンパク質は、2本鎖DNAに結合するが、Rif1保存配列への依存性は観察されませんでした。Gの連続配列が存在することから、G4構造を形成するかどうかを調べました。その結果、Rif1結合配列DNAを熱変性してから、常温に戻すことにより保存配列に依存してG4様構造を形成することを確認しました。さらに、精製したRif1タンパク質は、G4構造を形成したDNAに特異的に結合することを証明しました。
これらの発見は、細胞内でG4構造が実際に形成されていることを強く示唆し、さらにG4構造に特異的なタンパク質が結合し、重要な機能を果たしていることを遺伝学的に証明するものです(図3)。
Rif1は遺伝子間領域に存在するG4構造に結合し、クロマチンを束ねるとともに核膜近傍に複製抑制ドメインを形成する。
G4構造の染色体制御における普遍的な役割はこれまで不明でしたが、今回の発見は、G4構造が染色体上の遺伝子間領域に存在し、それを特異的なタンパク質が認識、結合し、染色体の複製タイミングドメインを形成する可能性を示し(図4)、これまで未知であったG4構造の普遍的な生物学的意義の一端を明らかにするものです。
グアニン4重鎖構造の生物学的意義:今回、染色体の高次構造の形成制御 という普遍的な機能の一端が明らかになった。
上述のようにG4構造はヒトゲノム上に40万個近く存在すると想像されており、それらは、複製、転写、組換え、修復など多様な染色体制御に関与する可能性があります。今回の発見はRif1というタンパク質が、G4構造に結合し、染色体構造の制御を介して複製を制御することを示します。Rif1は転写にも大きな影響を及ぼすことを私たちはすでに見出しており、Rif1結合部位であるG4構造は、それが変異することにより、遺伝子発現にも大きな影響が及ぼされる可能性があります。がんや種々の疾患ではゲノム変異により、転写や複製制御が異常になっていると考えられます。そのようなゲノム変異が、G4構造などDNAの高次構造に変化を及ぼす結果、転写や複製の異常をもたらし疾患の原因になる可能性があります。今後は、ヒトゲノム上に、どのようなメカニズムで、またどのような場所にG4構造が形成されるか、さらにそれらがゲノムの転写、複製、組換え、修復を制御するメカニズムを解明することにより、ゲノム機能の制御の新しい原理の解明につながることが期待されます。さらに、G4構造などDNA高次構造形成部位の変異と疾患の関連について解析し、それらの変異を標的とした新しい診断法、治療法の開発を目指します。