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HOMETopics 2019年

TOPICS 2019

2019年10月16日

脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダーらの研究グループは 「脳梗塞により損傷した神経経路を神経インターフェイスでバイパスすると脳活動を狙った状態に誘導できる」について「Nature Communications」に発表しました。

手の運動機能を持たない脳領域に人工神経接続システムを使って、 新たに運動機能を付与することに成功

当研究所 脳機能再建プロジェクトの西村幸男 プロジェクトリーダー(元生理学研究所、元京都大学)と加藤健治(元生理学研究所、現国立長寿医療研究センター)らの研究グループは、手の運動機能を持たない脳領域に「人工神経接続システム」を使って、新たに運動機能を付与することに成功しました。

通常、脳梗塞からの機能回復は1か月以上の懸命なリハビリにより実現する場合があります。しかしながら、本研究では、人工神経接続システムを利用し始めてから10分程度で麻痺した手を自分の意志で動かせるようになりました。

その際、人工神経接続システムへの入力の源になる大脳皮質の脳活動は、麻痺した手の運動が上達する過程に対応して変化し、手の運動を司る脳領域が小さく集中するように脳活動の適応が起こりました。また、脳梗塞前の脳領域の役割に関わらず、手以外の運動を司る脳領域や感覚機能を司る体性感覚野であっても、人工神経接続システムを介して手の運動をコントロールする機能を持たせることができました。

本研究の成果は、脳梗塞患者や脊髄損傷患者にとって、失われた運動機能を再獲得するための革新的な治療法となり、実質的な臨床応用が期待されます。また、このような失われた機能を再獲得し、新しい機能を脳に付与することができる今回の成果は、コンピューターと脳とを融合させる医工学融合による新たな治療へ繋がるものと考えられます。

今回の動物実験に関しては、自然科学研究機構 動物実験委員会における審議・承認を経て、適切な動物実験が行われました。

本研究は、東京都医学総合研究所、生理学研究所と京都大学において行われ、AMED及び科学研究費助成事業等から支援されたものです。研究成果は、日本時間2019年10月16日(水)午後6時(報道解禁日時: 2019年10月16日午前10時(英国標準時))にNature Communicationsオンライン版に掲載されました。

<論文名>
”Bypassing stroke-damaged neural pathways via a neural interface induces targeted cortical adaptation”
(脳梗塞により損傷した神経経路を神経インターフェイスでバイパスすると脳活動を狙った状態に誘導できる)
<著者>
加藤健治、澤田真寛、西村幸男
<掲載誌>
「Nature Communications」
DOI : 10.1038/s41467-019-12647-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-019-12647-y

今回の発見

  1. 人工神経接続システムを用いて、脳梗塞モデル動物が10分程度で自分の意思により、再び麻痺した手を動かせるようになった。
  2. 人工神経接続システムは損傷した神経経路の役割を代替することができた。
  3. 人工神経接続システムにより、脳に新しい運動の役割を付与することができた。
図1 脳と筋肉を繋ぐ人工神経接続システム

図1 脳と筋肉を繋ぐ人工神経接続システム

研究グループが開発した「人工神経接続システム」は、脳の神経細胞と似たような役割をするコンピューターで、上位の神経細胞の情報を受け取り(入力)、次の細胞にその情報を伝える(出力)ように設計されている。これを利用して、脳梗塞により脳と脊髄を繋ぐ神経経路を損傷しているモデル動物の損傷部位をバイパスし、脳の信号を麻痺した筋肉に伝えた。

入力:脳表面の複数の脳領域から脳の電気信号を記録し、その記録された信号から特定の脳活動を見つけ出し、脳活動パターンを検出する。

出力:その脳活動パターンを電気刺激の周波数の変調と電気刺激の刺激強度の変調に変換し、その電気刺激を筋肉へ伝える。


図2 人工神経接続システムによる麻痺した手の随意運動の再獲得と脳活動の適応

図2 人工神経接続システムによる麻痺した手の随意運動の再獲得と脳活動の適応。

10分程度で脳梗塞モデル動物は人工神経接続システムに適応し、麻痺した手を自在に動かすことができるまでに回復した。その際、約25分で麻痺した手の運動を司る脳領域が小さく集中するように脳領域を超えた大規模な脳活動の適応が起こった。


図3 人工神経接続による脳活動の柔軟な再適応

図3 人工神経接続による脳活動の柔軟な再適応。

顔や肩の運動を司る脳領域が、人工神経接続を介して麻痺した手を自分の意思で動かせるようになった。また、もともと運動機能を持たない脳領域で感覚機能を持つ体性感覚野でも、同様に、麻痺した手を動かせるようになった。


図4 人工神経接続システムによる脳への新しい運動機能の付与。

図4 人工神経接続システムによる脳への新しい運動機能の付与。

人工神経接続により任意の脳領域を手の筋肉に繋ぐことで、もともとの脳領域の役割に関わらず繋がれた脳領域に新しい運動機能を付与できる。このことは、脳梗塞によって脳の一部が損傷しても、人工神経接続システムに損傷されずに残存している脳領域を繋ぐことによって、随意運動機能の再建ができる可能性を示すものである。

今後の展望

我々は以前の研究で、脊髄損傷モデル動物の麻痺した手について、脳と脊髄とを繋ぐ人工神経接続システムでその運動機能を再建することにも成功しています(Nishimura et al., Frontiers in Neural Circuits, 2013)。本研究では、脳自体を損傷した脳梗塞モデル動物にも、この人工神経接続システムが随意運動機能再建に有効であり、人工神経接続システムが切れてしまった神経経路の代わりになることを示すことができました。また、以前の研究で、人工神経接続システムを自由行動下で利用すると健常な動物の脳と脊髄との繋がりを強化できる(Nishimura et al., Neuron, 2013)ことも示しています。

今後は、長期間の人工神経接続システムにより、脳損傷・脊髄損傷から免れた神経の繋がりを強化し、人工神経接続システムがなくても身体を自分の意志で動かせるように回復できるかどうかを検証する必要があります。

また、今回の成果と我々のこれまでの成果は、モデル動物で人工神経接続システムの有効性を示すことができました。これを脳梗塞患者と脊髄損傷患者で検証することが次の課題です。

本研究への支援

本研究成果は、以下の支援によって行われました。

  • 日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム「BMIによる運動・感覚の双方向性機能再建」
  • 科学技術振興機構(JST)さきがけ 脳情報の解読と制御
  • 日本学術振興会 基盤研究S, 基盤研究A


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