HOME広報活動刊行物 > January 2013 No.008

研究紹介

パーキンソン病発症を抑える分子メカニズムを解明
~病理解析や診断マーカーの開発につながる発見~

蛋白質代謝研究室の松田憲之研究員らの研究成果が英国科学雑誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」に発表されました。

蛋白質代謝研究室 主席研究員松田 憲之

2012年8月に Nature Communications 誌に発表されたわれわれの仕事を紹介させていただきます。本研究は蛋白質代謝研究室(リーダー:田中啓二博士)のもと、大学院生の尾勝圭さんを中心に行われた研究であり、立教大学・徳島大学・順天堂大学・理化学研究所との共同研究です。

1 研究の背景

パーキンソン病はドーパミンを産生する神経細胞が失われることにより、静止時の振戦(震え)や歩行障害、姿勢保持障害(押された時に踏みとどまれない、歩行したときにどんどん加速していって止まれない)、などの運動障害を主な症状とする病気です。高齢者ほど患者数が多く、65歳を超えると100人に1人が罹患するといわれています。高齢化社会の到来にともなって患者数は増え続けており、病気が発症する仕組みの解明と、早期診断法や根本的な治療法の確立が社会的に強く求められています。

パーキンソン病にはいくつかのタイプがあり、発症原因も1つではないと考えられていますが、PINK1やParkin遺伝子に変異が起こるとパーキンソン病様の症状が若くして発症します(遺伝性劣性若年性パーキンソン症候群)。この場合、PINK1やParkinの機能が失われるとパーキンソン病様の症状が現れることから、普段はPINK1やParkin がパーキンソン病の発症を抑えていることがわかります。

蛋白質代謝研究室では10年以上にわたってParkinの研究を続けており、2010年には Parkin と PINK1 が協調して異常になったミトコンドリア(細胞内の小器官で、エネルギーを生産する場所です)を処分していることを突き止めました。 PINK1 は細胞内でミトコンドリアが異常であるかどうかを調べて連絡し、Parkin はその異常ミトコンドリアの消去に関与します。今回の研究では、その仕組みを分子レベルでより詳細に解明しました。

2 研究成果の概要

現在主流のモデルは、ミトコンドリアの品質が低下するとPINK1の量が増えて、その結果 Parkin が不良ミトコンドリアへと移行してくるというものですが、われわれはこうした量的制御に加えて、「PINK1 が質的な制御を受けている」ことを明らかにしました。つまり、PINK1 は膜電位の低下に伴って活性化されるリン酸化酵素であり、自己リン酸化という修飾を受けることが活性化の引き金になります。さらに、そのリン酸化を受ける部位を同定し、患者由来の変異によってこの PINK1 のリン酸化が阻害されることを示しました。

今回の成果では、PINK1 が細胞の中で“このミトコンドリアが異常です”という情報をどのようにして伝達するのか、その一端をリン酸化という視点から明らかにしました。この経路が障害されると、どのミトコンドリアが不良品であるかという情報が細胞の中で正しく伝わらず、異常なミトコンドリアが処分されないために、若くしてパーキンソン病様の症状が現れるのだと考えています。

本知見は、「若年で発症する遺伝性パーキンソン症候群の発症メカニズム」に関するものですが、より一般的な孤発性パーキンソン病についても同様の仕組みが発症に関与している可能性があり、今後の検討課題です。PINK1 のリン酸化を病理解析や診断マーカーとして応用することも視野に入れつつ、さらに研究を進めていきたいと思っています。なお、本研究は朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞などでも紹介されました。

Kei Okatsu, Toshihiko Oka, Masahiro Iguchi, Kenji Imamura, Hidetaka Kosako, Naoki Tani, Mayumi Kimura, Etsu Go, Fumika Koyano, Manabu Funayama, Kahori Shiba-Fukushima, Shigeto Sato, Hideaki Shimizu, Yuko Fukunaga, Hisaaki Taniguchi,Masaaki Komatsu, Nobutaka Hattori, Katsuyoshi Mihara, Keiji Tanaka & Noriyuki Matsuda

Nature Communications 3, Article number: 1016 doi:10.1038/ncomms2016 Received 12 April 2012 Accepted 20 July 2012 Published 21 August 2012

図

<図>パーキンソン症候群の原因遺伝子産物 PINK1 がミトコンドリアの異常を伝える仕組み
正常な状態では、PINK1 がリン酸化を介して Parkin に信号を伝えることで、細胞内の異常なミトコンドリアが除去される。一方で、この機構が破綻すると異常なミトコンドリアが徐々に蓄積し、パーキンソン症候群の発症に至る。

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