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糖尿病合併症から身を守る

1.糖尿病の病態、診断、治療

糖尿病とは

糖尿病とは、血糖値(血液中のブドウ糖(グルコース)濃度)を下げるホルモンであるインスリンの作用不足により、慢性的に血糖値が高くなる状態のことです。

食物として体内に取り込まれた糖質は、消化管でブドウ糖に分解されて血液の中へ吸収されます。インスリンは膵臓のランゲルハンス島β細胞で作られ、血糖値の上昇に反応して血液中へ放出(分泌)されます。インスリンは血中のブドウ糖を筋肉や脂肪組織に送り込む手助けをします。これらの組織中で複雑な反応を経ることによって、ブドウ糖はグリコーゲンや脂肪として貯蔵されたり、アデノシン3燐酸(ATP)というエネルギーに変換されたりするのです。インスリンの合成が低下したり、筋肉や肝臓、脂肪でのインスリン感受性が低下(インスリン抵抗性)すると、ブドウ糖を血液から筋肉や脂肪組織へ送り込むことができなくなります。その結果、高血糖という状態が長く続くことになり、色々な臓器の機能が障害されます(慢性合併症)。

糖尿病が歴史上初めて確認されたのは、今から約3,500年前、エジプトのエベレスパピルスにある「多量の尿を出す病気」という記述からです。 日本では、西暦1027年(平安時代)、藤原道長が糖尿病で亡くなったことが知られています。近年まで、糖尿病は死の病として、大変恐れられていました。

糖尿病は初期にはほとんど症状がありませんが、血糖値が高い状態が持続すれば確実に血管がぼろぼろになり、合併症を引き起こします。糖尿病の治療目標は、血糖値を良好な状態に維持し、大血管障害や細小血管障害といわれる糖尿病合併症を防ぎ、健康寿命を延ばすことにあります。


疫学

国際糖尿病連合(International Diabetes Federation (IDF))が、11月14日の世界糖尿病デーに合わせて発表する最新の統計(糖尿病アトラス第10版 2021)によれば、世界の糖尿病人口は2021年現在で約5億3,700万人となり、成人人口の約10.5%(10人に 1人)が糖尿病と推定されています。糖尿病人口は今後も増え続け、有効な対策を施さないと2030年までに6億4,300万人に、2045年までに7億8,300万人に達すると想定されています。糖尿病人口の多い国は中国(1億4,090万人)、インド(7,420万人)、パキスタン(3,300万人)などで、上位3カ国だけで2億4,000万人を超えています。日本は2021年の調査では第9位(1,100万人)となっています。

年齢層別に見ると40~59歳の働き盛りの世代で爆発的に増加しており、加齢に伴う増加が著しい傾向にあります。このように患者数が急増した背景には、食生活の欧米化 (肉類の摂取が多くなり、高脂肪、高カロリーの食事が肥満を招いています)、運動不足 (糖尿病患者数の増加は、自動車保有台数や運転免許保有者数の増加と相関があります)、ストレスの増加等があります。


糖尿病の病型

糖尿病はその成因や病態により、以下のように分類されます。

1型糖尿病

膵ランゲルハンス島β細胞の破壊・脱落によって、インスリンが分泌されないか、ほとんど分泌できなくなってしまう病態です。小児や若年者に多く、自己免疫(本来は病原体等の異物を除去するために働く体内の免疫系が、何らかの異常により自分自身の組織を攻撃してしまう)が原因と考えられていますが、中には自己免疫が証明されず、原因不明のものもあります。ほとんどの病態では、インスリンを毎日注射で補わないと、著しい高血糖をきたして生命の危険にさらされます(以前はインスリン依存型糖尿病と呼ばれていました)。また、1型糖尿病の中には、徐々にインスリン分泌が低下する緩徐進行1型糖尿病や、急激に血糖値が上昇する劇症1型糖尿病と呼ばれる病態も存在します(表1)。

1型糖尿病患者の治療では、インスリン頻回注射だけでなく、インスリンポンプ(インスリン製剤を「たばこの箱程度の大きさの機械」にセットし、24時間皮下から持続的に注入する)と持続血糖モニタリング (continuous glucose monitoring (CGM):血糖値の変動をリアルタイムで計測する)を連動させた治療法 (sensor augmented pump (SAP)) などの選択肢があります。リアルタイムCGM併用インスリンポンプ療法では、血糖値の変動に合わせて注入する基礎インスリン量を自動調節することができ、また警告(アラート)機能によって高血糖や低血糖を事前に予告するなどの機能があり、その頻度を下げてくれます。また小児慢性特定疾患治療研究事業により、小児1型糖尿病治療にかかる治療費は20歳までは年収に応じて医療費助成を受けることができます。しかしながら、20歳を過ぎると助成は打ち切られます。そのため経済的な理由から、高額なインスリンポンプ治療などを継続できなくなる1型糖尿病患者が増加しており、大きな問題となっています。

[表1]1型糖尿病の分類
急性発症1型糖尿病
  • 膵ランゲルハンス島β細胞の破壊によって急速に発症
  • 小児期から思春期に発症する例が多い
  • ヒト白血球抗原(HLA)などの遺伝因子に、何らかの誘因・環境因子(ウイルス感染など)が加わって起こる
  • 血清中に抗GAD抗体などの膵島関連自己抗体が出現
緩徐進行1型糖尿病
  • はじめは2型糖尿病の病態を示すが、β細胞障害が数年間で進行し、最終的にはインスリン注射が不可欠となる
劇症1型糖尿病
  • 極めて急速な経過でβ細胞障害が進行し、発症・重篤化する
  • 膵島関連自己抗体は、多くの場合陰性
  • 免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体)による発症例

2型糖尿病

インスリンの分泌量やインスリンの作用が低下する病態で、我が国の糖尿病患者のほとんどがこの型に該当します。糖尿病になりやすい体質(複数の遺伝子が関与すると考えられています)に肥満や動物性脂肪摂取の増加、運動不足等の生活習慣が加わって、さらに加齢により多くは中年期以降に発症します。2型糖尿病の成因として、膵ランゲルハンス島β細胞から血中へのインスリン分泌が低下する場合(インスリン分泌不全)、インスリン分泌は正常もしくは亢進しているのに、インスリンを受け取る側の筋肉や脂肪細胞に問題があってインスリンの働きが障害され、ブドウ糖の取り込みが悪くなる場合(インスリン抵抗性)等が知られています(図1)。最近の統計では成人のみならず、小児においても2型糖尿病の頻度が上昇しています。

図1. 2型糖尿病の成因

図1. 2型糖尿病の成因

二次性糖尿病

上記以外の他の原因で起こるものを指します。具体的には膵臓の病気(慢性膵炎、膵癌など)に伴うものや、内分泌疾患、肝疾患、薬剤、感染症、その他の免疫異常、遺伝的症候群などが挙げられます。

妊娠糖尿病

妊娠中に発症もしくは初めて発見された、糖尿病に至っていない耐糖能低下(血糖値異常)と定義されます。妊娠糖尿病は母体および胎児・新生児合併症を生じること、たとえ分娩後にいったん耐糖能が正常化しても、将来糖尿病に進展する可能性が高いと考えられています。妊娠中の治療介入によって妊娠糖尿病に伴う周産期合併症が減少するので、早期発見に努め、分娩後にも母体・新生児の経過観察を行う必要があります。


症状

血糖値がかなり高い状態では、のどが渇きやすくなる、尿の量が増えた、全身がだるい、食事をしっかり摂っているのに痩せてきた、等の症状がみられることがあります。しかしながら多くの場合は何の症状もみられず病気であるという自覚がないので、合併症が進行するまで放置してしまう危険性が非常に高いのです。


検査・診断

糖尿病の診断には、慢性高血糖の確認が不可欠です。

まず、一般的に行われる検査値についての概説をします。

空腹時血糖値

検査前日の夕食後から検査当日の朝まで食事を摂らない状態で測定した血糖値を指します。正常では109 mg/dL以下と規定されています。126 mg/dL以上だと、糖尿病の可能性が高いと考えられます。

随時血糖値

食後の時間経過にこだわらずに測定した血糖値を指します。正常であればどのような状況でも140 mg/dLを超えることはないと言われています。200 mg/dL以上だと、糖尿病の可能性が高いと考えられます。

グリコヘモグロビン(HbA1c)

ヘモグロビンは赤血球の中にあるタンパク質で、酸素の運搬に関与します。そのヘモグロビンにブドウ糖が結合したものがグリコヘモグロビンです。グリコヘモグロビンの一種であるヘモグロビンA1C (HbA1c)の正常値(血中に含まれる割合)は6.2%未満ですが、血糖値が高ければその程度や持続期間に応じて上昇します。HbA1cが6.5%以上だと、糖尿病の可能性が高いと考えられます。血糖検査では測定時点の状態しか把握できませんが、グリコヘモグロビン検査により過去1-2ヶ月間の平均血糖値を推測することができます。従って、検査前の数日間だけ節制して血糖値を下げようとしても、グリコヘモグロビンを同時に測定することでそれ以前のコントロール状況がわかってしまいます。しかし肝硬変や腎不全に伴う貧血などがあると、実際よりも数値が低く出ることがあります。

(参考)

HbA1c 値に関しては、欧米各国でNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)値が用いられてきたのに対し、我が国では独自のJapan Diabetes Society(JDS)値が用いられてきました。2011 年10 月に確定した正式な換算式(NGSP 値(%)=1.02×JDS値(%)+0.25%)に基づくNGSP 値は、JDS値で表記されたHbA1cにおよそ0.4 %を加えた値となり,特に臨床的に主要な領域であるJDS 値5.0~9.9%の間では,従来の国際標準値(=JDS 値(%)+0.4%)と完全に一致することになります。国際標準化のため我が国でもNGSP値を導入することになり、移行措置として2012年から2年間はNGSP 値とJDS 値が併記されてきましたが、2014年4月1日をもってJDS値表記は廃止されNGSP値に統一されました。

グリコアルブミン(GA)

アルブミンは肝臓で合成されるたんぱく質で、血清総たんぱくの70%近くを占めており、健康維持のために様々な働きをしています。そのアルブミンにブドウ糖が結合したものがグリコアルブミンです。過去2週-1ヶ月間の平均血糖値を推測することができ、グリコヘモグロビンよりも直近の血糖値を反映します。外来で経過観察の指標として測定されることもあります。しかし肝硬変などがあると、実際よりも数値が低く出ることがあります。

経口ブドウ糖負荷試験 (oral glucose tolerance test (OGTT))

食後の血糖値がどのように変動するかをみる検査です。早朝空腹時に採血したあと、ブドウ糖を75g含んだ飲用水を飲み、30分後、1時間後、2時間後に採血して、各時点での血糖値を測定します。空腹時血糖値126 mg/dL以上、もしくはブドウ糖液摂取2時間後の血糖値200 mg/dL以上の場合、糖尿病の可能性が高いと判定されます。30分後、1時間後の血糖値は糖尿病の判定には用いませんが、血糖変動のパターンを知る上で重要です(図2)。空腹時血糖値が200 mg/dLを越えているようなケースでは、検査により著しい高血糖をきたすおそれがあるので、おこなってはならないとされています。

図2.経口ブドウ糖負荷試験 (75g OGTT)における血糖値の推移

図2.経口ブドウ糖負荷試験 (75g OGTT)における血糖値の推移

糖尿病の診断

血糖値およびHbA1c値を用いて「正常型」、「境界型」、「糖尿病型」のいずれに属するかを判定し、血糖値・HbA1c値の組合せや症状の有無等を加味して診断に至ります(表2、図3)。

[表2] 空腹時血糖値および75gOGTT 2時間値の判定基準
正常域糖尿病域
空腹時血糖値<110 mg/dL≧126 mg/dL
75gOGTT2時間値<140 mg/dL≧200 mg/dL
75gOGTTの判定両者を満たすものを正常型いずれかを満たすものを糖尿病型
正常型にも糖尿病型にも該当しないものを境界型

* 随時血糖値≧200 mg/dlおよびHbA1c≧6.5%の場合も糖尿病型

図3.糖尿病の臨床診断のフローチャート
(日本糖尿病学会編・著「糖尿病治療ガイド2014-2015」、20頁、図3 (文光堂2014)より許可を得て転載)

図3.糖尿病の臨床診断のフローチャート(日本糖尿病学会編・著「糖尿病治療ガイド2014-2015」、20頁、図3 (文光堂2014)より許可を得て転載)

上記の診断基準により糖尿病と診断されても、実際には患者の年齢や状況により、治療を開始したり、経過をみる期間などには違いがあります。

妊娠中の糖代謝異常と診断基準

妊娠中に取り扱う糖代謝異常には、1)妊娠糖尿病、2)妊娠時に診断された明らかな糖尿病、3)糖尿病合併妊娠の3つがあります。(日本糖尿病・妊娠学会)

1)妊娠糖尿病
75 gOGTT において次の基準の1 点以上を満たした場合に、妊娠糖尿病と診断されます。(但し前述の診断で糖尿病と診断されるものは、妊娠糖尿病から除外します。)
①空腹時血糖値≧92 mg/dL
②1 時間値≧180 mg/dL
③2 時間値≧153 mg/dL
2)妊娠時に診断された明らかな糖尿病
妊娠中の明らかな糖尿病は以下のいずれかを満たした場合に診断されます。
①空腹時血糖値≧126 mg/dL
②HbA1c≧6.5%
*随時血糖値≧200 mg/dLあるいは75gOGTTで2時間値≧200 mg/dLの場合は妊娠中の明らかな糖尿病の存在を念頭に置き、①または②の基準を満たすかどうか確認する。
3)糖尿病合併妊娠
①妊娠前にすでに診断されている糖尿病確実な糖尿病網膜症があるもの
②確実な糖尿病網膜症があるもの

治療

糖尿病と診断されたり予備軍であることを指摘されたりしても、「忙しいから」「面倒くさいから」「どこも痛くないから」などという理由で、治療に積極的でない人が多いのが実状です。2型糖尿病治療の基本は、食事療法と運動療法を主体とした「血糖コントロール」(正常血糖値に近いレベルに維持する)です。糖尿病患者本人の自覚が重要なのはもちろんのこと、家族(特に毎日の食事を用意する人)の協力も欠かせません。医療スタッフ(医師、看護師、栄養士、薬剤師、運動療法士等)の支援のもとに患者が強い意志を持って生活習慣を改善しようと努力すれば、慢性合併症の進行を防ぎ健常者と変わらぬ生活を送ることができます。

食事療法

総摂取カロリーを抑え、炭水化物、蛋白質、脂質のバランスがとれた食事をこころがけるようにします。主治医が患者の年齢、身長、日々の活動量等を考慮して、一日に摂取すべき総カロリー量を指示します。それをもとに「糖尿病食事療法のための食品交換表」を用いて日々の献立を考えます。食品交換表は1965年に第1版が発刊され、改訂を重ねて2013年に第7版の発刊に至っています。日常の食品を主として含まれる栄養素によってIV群、6表と調味料に分類し、各表に食品の1単位(80kcal)あたりの重量を掲載しています。具体的な食事内容については、栄養士の指導・チェックを受けましょう。糖尿病の方が食べてはいけない食物はありません。食べる量や、バランス、食べ方が重要なのです。また、一人暮らしや仕事の関係で自炊が困難な場合は、糖尿病食の宅配サービスを利用してもよいでしょう。

近年、食物中の炭水化物量に注目した「カーボカウント」という食事療法が注目され、1型糖尿病患者やインスリン療法中の2型糖尿病患者を中心に利用されるようになってきました。食後の血糖値は食事中の炭水化物量に比例するので、その量に対して適切なインスリン量を投与できれば、食べる内容や量を厳しく制限しなくても血糖コントロールを良好に保つことができます。しかし肥満のある場合は、適正カロリー内で考えましょう。

運動療法

食事療法によってエネルギーの摂取を抑え、なおかつ運動療法でエネルギー消費を増やすことが肥満の解消につながります。ただ、運動による消費エネルギー量は思ったほど多くありません。運動療法のもう一つの目的は、血液の流れを良くしたりインスリンの効果を高めることによって、筋肉でブドウ糖の利用を促すことです。今まで運動をする習慣のなかった人がいきなり激しい運動をすると、思わぬケガにつながる場合があります。まずは無理なく長期間続けられるものから始めるのが良いでしょう。ウォーキング(少し汗ばむ程度の速さで歩く)や水泳など、全身の筋肉を使う持久的トレーニング(有酸素運動)がおすすめです。最近、ダンベル等を用いて筋肉に負荷や抵抗をかけて収縮させるレジスタンス運動が、筋力や筋肉量を増加させるだけでなく、安静時の代謝量を増やし内臓脂肪を減少させる効果があることがわかってきました。そこで有酸素運動を主体として、適宜レジスタンス運動を加えるとより効果的であると考えられています。ただし関節などに過度の負担をかけずに進める必要があります。血糖コントロールが非常に悪い、合併症が進行している、心臓に異常がある、などの理由により、運動に適さない状態の人もいますので、運動療法を始める前にきちんとしたチェックを受けることが大事です。

薬物療法

食事療法と運動療法のみで血糖コントロールが困難な場合は、薬による治療が必要となります。近年、糖尿病治療薬には内服薬から注射薬まで、いろいろな種類のものがあります(表3)。しかし、それぞれの人の体質や状況にあった治療薬の選択をする必要がありますので、主治医の先生によく相談してください。

飲み薬(経口抗糖尿病薬):
膵ランゲルハンス島β細胞を刺激して、インスリン分泌を促進する薬(スルホニル尿素薬、グリニド薬)、インスリンの働きをよくする薬(ビグアナイド薬、チアゾリジン薬)、腸管からのブドウ糖吸収を遅らせる薬(α-グルコシダーゼ阻害薬)などが使われてきました。
近年、食物の摂取に伴い膵臓からのインスリン分泌を促す消化管ホルモンであるインクレチン(glucagon-like-peptide (GLP)-1やglucose- dependent insulinotropic polypeptide (GIP))の作用が注目され、GLP-1 やGIPの分解を抑制し作用を持続させるdipeptidyl peptidase (DPP)-4阻害薬が開発・臨床応用されました。インクレチンは血糖値に依存してインスリン分泌を促進するので、DPP-4阻害薬は従来の飲み薬に比べ低血糖をきたしにくいという利点があり、多くの糖尿病患者に処方されています。
また腎尿細管でのブドウ糖再吸収を阻害することによって血糖値の上昇を抑えるSGLT2 (sodium-glucose co-transporter-2) 阻害薬が、2014年より新たな糖尿病治療薬として利用可能となりました。腎の糸球体で濾過されたブドウ糖のおよそ90%が尿細管でSGLT2によって再吸収され、血中に戻ります。糖尿病では血糖値が上昇することによってSGLT2による再吸収が追いつかず、尿中に糖が出ます。このSGLT2の働きを阻害すれば尿中への糖の排出はさらに増えますが、血糖値は逆に低下することになります。SGLT2阻害薬は単独では低血糖のリスクが少なく、また体重低下作用が強いので、肥満を伴う比較的若年の糖尿病に対し効果が強いとされています。その一方で体液量の減少に伴う脱水が起こりやすいので、高齢者では脳梗塞のリスクが高くなり、また夏季に熱中症の発症に注意する必要があります。また発売後に皮疹の副作用が多く報告されているので、注意が必要です。
さらに2021年、膵臓、肝臓、筋肉などのミトコンドリアに作用して血糖値を改善するイメグリミンが販売されました。この薬剤は、膵臓では血糖値に応じたインスリン分泌を促すとともに、筋肉ではグルコースの取り込みを改善し、肝臓ではグルコースの産生(糖新生)を抑制することが報告されています。またミトコンドリアでの活性酸素の産生を抑制することから、慢性合併症に対する予防効果も期待されています。
インスリン療法:
1型糖尿病では必須ですが、2型糖尿病でも飲み薬で充分な効果が得られない場合はインスリン注射が必要になります。また事故による外傷、手術、妊娠・出産、重い感染症にかかった場合などでも、一時的にインスリン注射に切り替えが必要になります。
GLP-1受容体作動薬:
先述したインクレチンの一つ、GLP-1のアナログ製剤です。従来の製剤は胃の消化酵素で分解されてしまうため、飲み薬ではなく注射薬としてしか使用できませんでした。しかし「吸収を促進する薬剤」を配合したGLP-1受容体作動薬セマグルチドは胃で分解されにくくなり、飲み薬としての処方が可能になりました。またG I P とGLP-1の両インクレチンの作用を発揮するGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドが開発され、我が国では2023年4月より処方可能となりました。これらの薬剤は血糖降下作用に加えて、食欲を抑えることによる体重減少作用が期待されています。ただし、糖尿病ではない人がダイエットなどを目的として使用することは危険です。
(参考)
GLP-1受容体は膵臓以外の組織にも広く発現しており、最近GLP-1のインスリン分泌促進(膵作用)に加え、消化管や神経系への直接作用(膵外作用)にも注目が集まっています。特にGLP-1受容体作動薬は脳細胞に対する保護作用を示すことから、パーキンソン病やアルツハイマー病等の神経変性疾患に対する治療薬としての有用性が期待されています。私たちはGLP-1受容体作動薬exendin-4が、ラットから培養した末梢神経細胞の神経突起伸長や生存を促進すること (Tsukamoto et al., Histochem Cell Biol 2015)、ラット由来の株化シュワン細胞(末梢神経系のグリア細胞)の生存、遊走、髄鞘形成を促進すること (Takaku et al., Int J Mol Sci 2021)などを明らかにしました。このことから、exendin-4は末梢神経障害(ニューロパチー)の改善にも有用ではないかと考えています(3.糖尿病による神経系の障害を参照してください)。

飲み薬やインスリンによる治療を受けている場合は、血糖値が必要以上に下がりすぎてしまうこと(低血糖)に気をつけなければいけません。注射や内服の時間を守らなかった、運動量が増えた、食事が摂れなかった、お酒を大量に飲んだ等の場合に起こります。ふるえ、めまい、冷や汗などの症状がみられ、時に意識を失うこともあり(低血糖昏睡)非常に危険です。

[表3] 糖尿病治療薬の種類と作用
薬の種類薬の名称薬の作用
経口薬スルホニル尿素薬インスリン分泌促進
グリニド薬速効型インスリン分泌促進
α-グルコシダーゼ阻害薬消化管における糖の吸収遅延、食後の高血糖抑制
ビグアナイド薬肝臓での糖新生抑制など
チアゾリジン薬筋肉、肝臓でのインスリン感受性改善
DPP-4阻害薬
GLP-1受容体作動薬
血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制
SGLT2阻害薬近位尿細管における糖の再吸収抑制
イメグリミン血糖依存性のインスリン分泌促進、筋肉での糖取り込み促進、肝臓での糖新生抑制など
注射薬インスリン製剤
(超速効型、速効型、中間型、混合型、持続効果型)
GLP-1受容体作動薬
GIP/GLP-1受容体作動薬
血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制
血糖コントロール目標:
2013年に糖尿病の血糖コントロール目標が改定されました (図4) 。合併症予防のためにはHbA1c7%未満が目標となりますが、年齢、全身状態、低血糖のリスク等を考慮して、個人個人にあった目標を設定することが必要です。

図4.血糖コントロール目標(日本糖尿病学会編・著「糖尿病治療ガイド2014-2015」、25頁、図7 (文光堂2014)より許可を得て転載)

図4.血糖コントロール目標(日本糖尿病学会編・著「糖尿病治療ガイド2014-2015」、25頁、図7 (文光堂2014)より許可を得て転載)
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