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開催報告

第19回サイエンスカフェ(平成27年8月2日実施)

脂質代謝プロジェクトリーダー 村上 誠

「あぶら」という漢字には「油」と「脂」があります。この違いをご存知でしょうか?油は植物由来、脂は動物由来のもの?間違ってはいませんが、残念ながら正解ではありません。魚の「あぶら」には「油」を使います。正解は、油は常温で液体、脂は常温で固体の脂質(定義:炭化水素鎖が連なる生体分子)を指します。飽和脂肪酸は融点が高いため固まり易く、不飽和脂肪酸は融点が低いので常温では液体です。一般に、植物油はオレイン酸やリノール酸、魚油はEPAやDHAなどの不飽和脂肪酸を多く含むので液状化し、獣肉はパルミチン酸やステアリン酸などの飽和脂肪酸が多いので固まるのです。これは細胞を形作る膜も同様です。流動性・柔軟性の高い膜は細胞の活動に重要です。飽和脂肪酸が増えると細胞膜は固く柔軟性を失い、不飽和脂肪酸が多くなると流動性が増して柔軟性に富む膜になります。最近の生命科学で流行している領域に「膜ストレス」がありますが、飽和脂肪酸による膜ストレスの本態は、単純にこのような脂肪酸の物性に起因するものと考えられます。

今回のサイエンスカフェでは初めて脂質に焦点を当て、「あなたの油(脂)は大丈夫ですか?」というテーマで開催しました。正井久雄副所長、研修生の小島和華さん、村瀬礼美さんによるピアノ、バイオリン、チェロの演奏に導かれ、老若男女合わせて27名の都民が会場に足を運ばれました。村上研究員によって脂質の基礎的な性質とその病気(動脈硬化、肥満、皮膚疾患等)との関連に関する講演を行った後、再び正井チームによる演奏会を挟んで、参加者を5つの班に分けて、脂質に関する簡単な実験を行っていただきました。実験は油脂の変性に関するもので、マーケットに氾濫している食用油(①新品と②数年間使い回したオリーブ油、③亜麻仁油、④ビタミンEを添加した亜麻仁油)に変性試薬(ラジカル発生剤)を添加して30分加熱後に試験紙で変性度を判定する、というものでした。どの油が最も変性しやすいか、おわかりですか?正解は、変性し易い順に②>③>①>④です。②は最初から変色していたので判定は容易でしたが、①と④の判定が難しかったようで、全班正解としました。なぜこの順番になるのか、もし興味があったら各食用油に含まれる脂肪酸の化学構造を見比べて考えてみて下さい。

オプションの実験として、希望者を対象に「貴方の皮膚の健康具合を判定してみよう」も行いました。皮膚の健康にはセラミドと呼ばれる脂質が必須です。セラミド代謝が乱れると表皮のバリアが壊れて皮膚から体内の水分が失われます。この代表的疾患がアトピー性皮膚炎です。経皮水分蒸散量(略してTEWL ; trans-epidermal water loss)を測定する装置による「お肌チェック」を実施したところ、希望者が殺到して長蛇の列となり、主催者としては大成功でした。簡単な装置ですので、あなたもお肌チェックしてみませんか?

全体で2時間という限られた時間ながら、活気に溢れて大盛況なサイエンスカフェとなり、アンケート調査では大変好評でした。学術的には核酸、タンパク質、糖質と比べて影が薄い脂質ですが、今回の企画が都民の脂質に関する知識を少しでも深める機会になったようであれば幸いです。 

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