2025年4月15日
社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らと東北大学大学院医学系研究科精神看護学分野の中西三春准教授の研究グループは「閉経が早い女性は認知機能の低下が進む可能性がある」についてAlzheimer’s & Dementia に発表しました。
女性は男性より認知症リスクが高いことが知られており、女性特有のリスク要因の解明が求められてきました。
東北大学大学院医学系研究科精神看護学分野の中西三春准教授および当研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、イングランド高齢者コホート研究ELSAのデータを基に、閉経の年齢と認知機能との関連を調査しました。男性4,286人、女性4,726人を対象として、性別と閉経の年齢区分によって2年間の認知機能の変化に違いがあるかを検証しました。解析においては、うつ症状や他の認知症のリスク要因の影響を調整しました。解析の結果、閉経が50歳以上であった女性と比べ、閉経が40歳未満であった女性は2年間で認知機能がより低下していました。男性は閉経が50歳以上であった女性よりも、うつ症状が軽い一方で2年後の認知機能はより低下していました。本研究は、女性における認知症のリスク要因として、閉経による女性ホルモン減少や欠乏の影響を示唆する貴重な報告です。今後は、有効な対応策を確立するために、女性ホルモンが認知機能の老化にどのように影響するのかが解明される必要があります。
本研究結果は、2025年4月15日(火)午後8時(日本時間)に認知症とアルツハイマー病に関する専門誌、Alzheimer’s & Dementia: The Journal of the Alzheimer's Associationにオンライン掲載されました。
認知症の人における男女比は2019年で女性が男性の1.67倍高く(GBD 2019 Dementia Forecasting Collaborators, Lancet Public Health 2022)、世界的に女性の方が男性よりも認知症のリスクが高いとされています。この認知症リスクの男女差は、女性の方が男性よりも長生きであることだけでは説明がつかないため、女性特有のリスク要因の解明が求められてきました。近年、有力候補のひとつとなっているのが、閉経による女性ホルモンの減少が認知機能の衰えを早めるという仮説です。
例えば2023年のイギリスの研究では、閉経が50歳以上だった女性と比べて、40-49歳や40歳未満で閉経した女性は認知症の診断を受けるリスクが高いことが示されています(Liao et al., eClinicaiMedicine 2023)。この研究では閉経が早かった群では脳の画像から灰白質(注3)が委縮し、白質病変(注4)が進んでいるという特徴もみられていました。イギリス・オーストラリア・スウェーデン・オランダの共同研究でも同様に、40歳未満で閉経した女性は50-52歳で閉経した女性と比べ、認知症の診断リスクが高いことが確認されています(Dobson et al., Age Ageing 2024)。
ただし閉経の年齢と認知症との関係を調べたこれらの研究では、認知症の診断の有無のみを評価していて、加齢に伴う認知機能の変化が閉経の年齢によってどう異なるのかは不明です。加えて、認知症のリスク要因でもあるうつ症状の影響が考慮されていません。うつ症状は閉経前後の更年期(注5)に現れるだけでなく、閉経が早い女性はうつ病のリスクがより高まるとされています。閉経が早いと認知症のリスクが高まるのは、女性ホルモンが減少するためなのか、うつ症状が重くなることの影響なのか、これまでの研究では明らかではありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科精神看護学分野准教授の中西三春(なかにし みはる)および当研究所 社会健康医学研究センター長の西田淳志(にしだ あつし)らの研究グループは、イングランド高齢者コホート研究ELSA(注6)のデータを基に、閉経の年齢と認知機能との関連を調査しました。男性4,286人、女性4,726人を対象として、閉経の年齢と性別の区分による2年間の認知機能の変動に違いがあるかを検証しました。
EELSAは2002-2003年の第1期調査以降、2年おきに対面インタビューと質問紙を組み合わせた調査を行っています。本研究では認知機能の検査が実施された第2-5期(2004-2011年)および8-10期調査(2016-2023年)に参加し、解析に用いる変数が全て得られた参加者を対象として抽出しました。認知機能の検査では見当識(注7)、直後再生(注8)、言語流暢性(注9)、遅延再生(注10)の4つの得点を指標として用いました。一般的に、高齢期の認知機能は加齢に伴って低下するため、X期調査(X=2, 3, 4, 8, 9)から2年後のX+1期調査にかけての指標の変化が性別や閉経の年齢区分で異なるか検証しました。解析ではX期調査のCES-D(注11)で評価したうつ症状の重さ、その他の認知症のリスク要因(婚姻状況、学歴、UCLA孤独感尺度(注12)で評価した孤独感、身体活動のレベル、喫煙、アルコール摂取量、肥満、高血圧症、糖尿病、脳卒中、悪性腫瘍)の影響を調整しました。
検査時の年齢ごとに認知機能の平均をみると、閉経が50歳以上であった女性と比べて40歳未満で閉経した女性はうつ症状が重く(P < 0.001)、認知機能の指標が低くなりました(P < 0.01; 図1)。男性は閉経が50歳以上であった女性と比べてうつ症状が軽い(P < 0.001)一方で、言語流暢性を除く3つの認知機能の指標は低くなりました(P < 0.001; 図1)。2年後の認知機能の変化に関する解析の結果、閉経が50歳以上だった女性と比べて、40歳未満で閉経した女性は4つの認知機能の指標がより低下していました(P < 0.01; 図2)。男性も閉経が50歳以上であった女性と比べて、4つの認知機能の指標がより低下していました(P < 0.001; 図2)。
追加の分析で、ホルモン補充療法(注13)の使用について回答した女性3,831人を対象に、ホルモン補充療法を使用の有無や開始の時期と2年後の認知機能の指標との関連を調べました。閉経前にホルモン補充療法を開始した人は使わなかった人よりもうつ症状が重かったものの、認知機能の指標では差はありませんでした。
本研究の結果では、うつ症状の影響を調整しても、閉経が早いことが認知機能の低下と関連していました。また男性は閉経が遅かった女性と比べ、うつ症状は軽かったにも関わらず認知機能は低下していました。これらのことから、女性ホルモンの減少や欠如が認知症のリスクに関わることが示唆されます。一方でホルモン補充療法の使用は認知機能の保持と関連を示さず、有効な対応策は明らかではありませんでした。なお本研究は遺伝的な認知症リスク要因であるAPOE-ε4(注14)の影響を調整していないこと、女性ホルモンのレベルを示す血液検査値等の生理学的データが無いことが限界としてあげられます。今後は、女性の認知症リスクに対する有効な対応策を確立するために、女性ホルモンが認知機能の老化にどのように影響するのかが解明される必要があります。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP23K21579, JP22KK0258)などの支援を受けて行われました。本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。