2025年4月1日
感染症医学研究センター免疫制御ユニット・山根大典は「肝臓の中性脂肪代謝の恒常性維持に関与するアポリポタンパク質の新たな仕組みを発見」についてJournal of Lipid Research に発表しました。
当研究所免疫制御ユニットの篠﨑ことみ研修生、山根大典ユニットリーダーらの研究グループはお茶の水女子大学・市育代教授らのグループとの共同研究により、肝細胞におけるアポリポタンパク質を介した新たな脂質代謝制御システムの存在を明らかにしました。
研究成果は、2025年4月1日に米国科学誌Journal of Lipid Researchオンライン版に掲載されました。
肝臓内では、通常アポリポタンパク質 B(ApoB)という巨大なタンパク質が中性脂肪を内包し、血中に分泌することで肝細胞内の脂質を全身に運搬する役割を担います。ApoB は肝臓から分泌される際、ミクロソームトリグリセリド輸送タンパク質(MTP)がトリグリセリドを付加することで、その分泌を促すとされています。アポリポタンパク質にはApoB 以外にも ApoA、ApoC、ApoE 等が存在しますが、MTP が ApoB 以外のアポリポタンパク質の分泌をどのように制御するかについては不明でした。特に ApoE は、肝臓指向性ウイルスの感染性粒子の細胞外への放出の他、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの感染効率を左右する重要な因子として知られています。近年の複数のゲノムワイド関連解析により、APOE の遺伝子多型が脂肪肝リスクと有意に関連することが明らかとなっていることから、脂質輸送において中心的な役割を果たす ApoB に対して、ApoE がどのような機能的役割を果たすのかに着目しました。
まず ApoB 分泌不全時の ApoE 動態を探るため、ヒト肝癌細胞に MTP 阻害剤を添加した際の ApoE への影響を調べました。すると培養上清中及び細胞内の ApoE と、APOE 遺伝子の転写量の増加が明らかとなりました。さらに、APOB 欠損細胞においても同様にApoE 量が増加したことから、MTP 阻害による ApoE の増加は ApoB 分泌阻害と関連していることが強く示唆されました。MTP はトリグリセリド(TG)やコレステロールエステル(CE)といった中性脂肪を ApoB に付加することで ApoB の分泌を促進しますが、これらの中性脂肪の代謝が ApoE の分泌においてどのような機能を持つのかについてはわかっていませんでした。そこで、CE を生合成するステロール-O-アシル基転移酵素(SOAT)と、TG を生合成するジアシルグリセロールアシル基転移酵素(DGAT)の発現を抑制した細胞における ApoE の分泌量を調べたところ、ApoE の分泌は DGAT による TG 合成に依存していることが判明しました。DGAT には DGAT1 と DGAT2 という2つの酵素が存在しますが、これら両者が相互補完的に TG 合成に関与することで ApoE 分泌量を制御していることが明らかとなりました。
アポリポタンパク質は脂質の運搬に重要な役割を果たすことが知られています。そこで次に、我々が見出した ApoB 阻害時の ApoE 分泌増加が、脂質代謝の恒常性にどのように影響するのか調べました。まず MTP 阻害により ApoB の分泌のみを阻害した際には肝癌細胞内の TG 量の増加はわずかでしたが、ApoE ノックアウト細胞に MTP 阻害剤を加えると細胞内の TG 量の有意な増加が認められました。以上の結果から、MTP 阻害時に ApoE の発現量が増加することによって ApoE 依存的に TG の排出が促進され、細胞内 TG の異常な蓄積を抑制する仕組みとして機能していることが示唆されました。
一方、ヒト初代肝細胞を用いた検証では肝癌細胞とは異なり、MTP 阻害によって ApoE のシアル化が顕著に増強されることを発見しました。シアル化酵素が欠損していると脂肪性肝疾患を誘発するという報告があることから、初代肝細胞においてみられた ApoE のシアル化修飾は、肝細胞内の脂質輸送を促進するはたらきをもつ可能性が考えられます。
本研究成果により、ApoE が ApoB の脂質運搬機能を代償することで肝細胞の TG 代謝の恒常性を維持している可能性が示されました。ApoE や ApoB を表面にまとったリポタンパク質様の感染性粒子を放出する C 型肝炎ウイルスや B 型肝炎ウイルスの粒子形成においても同様の機序がはたらくと考えられることから、このような相互補完的作用は肝炎ウイルスの感染環においても機能し、感染性粒子の組成に影響を与えていることが予想されます。さらに、ApoE の遺伝子多型は脂肪肝のみならず、アルツハイマー病の発症とも密接に関連していることから、この ApoE を介した中性脂肪代謝制御はこれらの疾患病態を理解する上でも重要な知見となることが期待されます。