HOME広報活動刊行物 > April 2016 No.021

研究紹介

右巻き、左巻き? 2重、3重、4重らせん? ー形を変えるDNAの重要性の発見

米国科学誌「Nature Structural and Molecular Biology(ネイチャーストラクチャーモレキュラーバイオロジー)」にゲノム動態プロジェクトの正井久雄副所長/プロジェクトリーダー、加納豊主席研究員らの研究成果が発表されました。

副所長/ゲノム動態プロジェクト プロジェクトリーダー正井 久雄

主席研究員加納 豊


1.研究の背景

DNAは、右巻き2重らせん。Watson博士とCrick博士によって1953年に発見されたこのDNAの基本的な構造はB型DNAと呼ばれ、今では小学校の教科書にも書いてあります。しかし、1979年にRich博士により左巻きのDNAが発見されると大騒ぎになりました。その後3重鎖DNAが発見され、さらに4重鎖DNAが発見されるに至り、DNAは、その配列の特徴や、とりまく(えん)の種類やpHにより、右巻き2重らせん構造以外の多くの構造を取り得ることが分かってきました(図1)。この「取り得る」ということが重要な分かれ目になります。たしかに試験管の中ではそのような構造を取ることができるのですが、本当に細胞の中でそんな構造ができているのか?これは簡単なようで、とても難しい問題であることが分かってきました。実際、これらの構造が発見されてから30年以上経過した現在でもその存在が誰もが疑いなく示されているとはいえない状況です。そうこうしているうちに、これらのいわゆる非B型DNAは生物学の表舞台からなんとなくフェードアウトする状況になりつつありました。しかしこの間もDNAの構造の観点から、あるいはこれらの構造を特異的に認識する有機化合物の開発など、地道な研究は着々と進んできました。

なかでもグアニン4重鎖(G4)は、GGあるいはGGGなどが4回繰り返されると形成できる構造で、ゲノム上に極めて数多く存在すると想像されていました(ヒトゲノムでは37万カ所以上)。ここ数年の間に、G4構造が転写の制御領域に存在する、あるいは複製起点の近傍に存在する、などの知見が報告され、急に脚光を浴びるようになってきました。さらに最近G4に似た特殊DNA構造を形成し得る、GGGGCCの繰り返し配列の増幅が筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因遺伝子として同定されました。これが転写されて形成されるRNAが特殊核酸構造を有するRNA fociを形成し、それが神経変性疾患の原因となる可能性も示唆されました。

図1

図1

図1 DNAはいろいろな形を取り得る(宮崎大学 徐岩先生による図)


2.研究成果の概要

そんな中私たちは、ゲノム複製がどのように時間的空間的に制御されるかを解析する過程で、Rif1という進化的に保存された核因子が、この過程に重要な役割を果たしていることを発見しました。Rif1の染色体上の結合部位を決定するためにChIP-seq(クロマチン免疫沈降-次世代シーケンス)という方法を用いました。材料としては、そのゲノムがヒト細胞に似た性質を有する分裂酵母という生物を用いました。その結果、12.5 Mb(1,250万塩基対)のゲノム上に35個の結合部位を同定しました。それらの配列を詳細に解析したところ、GGGGG(G)というGの連続配列を有する保存配列を発見し、実際にその配列が細胞の中でRif1が染色体に結合するのに必要であることを証明しました。では、Rif1は何を認識するのか?簡単に分かるだろうと思っていたのですが、精製したRif1タンパク質をこの配列をもつ二本鎖DNAと混ぜても全く特異的な結合が観察されず、混迷状態になりかけていました。ある日、この配列を1本鎖にしてみたらどうだろうと思いつき、DNAを熱処理してから温度を低下させ解析すると電気泳動上で遅く移動するDNAを生じることを見つけました。さらにRif1はこのDNA種に特異的に結合しました。そして詳細な解析により、保存配列のGの連続配列に依存して熱処理や転写によってG4構造が形成されることを見つけました。生化学的な解析から、Rif1は、その多量体形成能・複数DNA結合能により、遺伝子間領域にあるG4構造を認識・結合してこれらを束ね、複製や転写を制御する機能ドメインを形成する可能性を提唱しました(図2)。

図2

図2

図2 Rif1による染色体ドメインの形成のモデル:Rif1は多量体を形成して複数のG4構造を有するDNAに結合し、染色体ループ形成をうながす。これにより複製や転写の制御ドメインの形成を促進する可能性がある。

Mol. Biol. 2015 Nov;22(11):889-97. doi: 10.1038/nsmb.3102


3.発見の意義

これらの研究成果は、G4構造の普遍的な機能解明に重要な一石を投じました。G4構造が実際にゲノム上に存在し、染色体が働く上で基本的な役割を果たしていることが明らかになりました。

最初に言いましたように、B型DNAとは異なるDNA(及びRNA)構造は、G4以外にも多く存在することから、これらの構造が細胞の中でも実際に存在し、染色体が働く上で未知の重要な役割を果たすことが想定されます。また同時に、このような構造が不適切に形成されると、ゲノムの不安定性や疾患の原因になる可能性もあります。今後、有機化学、核酸化学的アプローチと連動して新しい技術を開発し、ゲノム制御の新しい原理の発見を目指したいと思います。


参考文献

Kanoh Y, Matsumoto S, Fukatsu R, Kakusho N, Kono N, Renard-Guillet C, Masuda K, Iida K, Nagasawa K, Shirahige K, and Masai H. Rif1 binds to G quadruplexes and suppresses replication over long distances. Nat. Struct.

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