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特集

認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム

シンポジウム

認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム

主催:公益財団法人東京都医学総合研究所
後援:東京都、厚生労働省、イギリス大使館、
   フランス大使館、オーストラリア大使館、
   デンマーク大使館、オランダ大使館
事務局:心の健康プロジェクト
事務局長:主席研究員 西田淳志

認知症の国家戦略

人口高齢化にともなう認知症高齢者数の増加に際し、近年、先進各国では、首相や大統領が直接指揮をとり、認知症対策を社会保障政策の最優先課題の一つと位置付け、包括的な国家戦略(認知症国家戦略)を策定し、制度やサービス改革を積極的に推進しています。各国が打ち出す認知症国家戦略、それに基づく制度やサービスの改善、当事者・家族介護者(ケアラー)を支える地域実践推進等の仕組みについて最新の情報を把握し、今後の我が国、また東京都の認知症政策への示唆を得ること等を目的として平成25年1月29日(火)に東京・九段にて「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」を開催しました。

このシンポジウムには、近年、認知症国家戦略を打ち出し、認知症に関する取り組みを強めているイギリス、フランス、オーストラリア、デンマーク、オランダ、ならびに日本の6か国から政策の策定・実施に中心的な役割を果たしている政策責任者、ならびに当事者団体代表や医療経済学者等を招聘し、各国の政策推進戦略やその到達点などについて最新の情報を共有しました。本シンポジウムは、東京都、厚生労働省、ならびに各国大使館の後援を得て公益財団法人東京都医学総合研究所の主催により開催されました。厚生労働省や東京都の政策関係者、研究者、認知症の医療や介護に関わる様々な団体の代表、ならびに報道関係者など参加者は300名を超え、熱気に包まれたシンポジウムとなりました。すでに多くの主要メディアで大きく取り上げられるなど本シンポジウムへの社会的関心の高さが感じられました。

首相や大統領の強いリーダーシップ

認知症国家戦略を打ち出した国々では、首相や大統領自らがその責任者となってサービス改革をはじめとする施策の推進に努めています。この背景には、認知症の人への支援において最も重要となる介護や医療の連携が、管轄官庁・行政機構の縦割りにより阻まれているという各国共通の課題があり、これを高い政治・政策レベルで統合していく力が不可欠となるためだと言われています。また、認知症に関する社会的コストの推計も各国でなされており、その膨大なコストは各国の経済問題としても重く受けとめられています。さらに、認知症の人を基本的に住み慣れた地域で支えていくためには、もはや医療や介護の専門サービスの改善にとどまらず、全市民・全国民に対して働きかけ、認知症にやさしい社会づくりの必要性が明らかになっています。各国は、認知症とどのように向き合うのかという難問を前にして社会保障や地域づくりといった壮大なテーマに国をあげた取り組みを開始しています。

認知症の人(当事者)の声と役割

認知症国家戦略を打ち出すことに成功している国々のもう一つの共通した特徴は、認知症の人ご本人、すなわち当事者の方々が、自らの体験を語り、政治や行政に働きかけ、政策の立案・実施・評価のプロセスにしっかりと関わるようになっていることです。各国アルツハイマー協会をはじめとする認知症の当事者団体・権利擁護団体は、強大な力を持つようになり、当事者の視点を政策に反映させる、という仕組みがもはやあたりまえになっています。これまで、認知症の人は話せない、判断ができない、という偏見があり、ご本人のニーズがなかなか政策に反映されずにきました。当事者のニーズが発信されることで、各国では認知症の人の意思や自己決定の尊重、という課題に真剣に取り組むようになっています。

図

各国の政策における共通戦略

イギリス、フランス、オーストラリア、デンマーク、オランダの認知症施策は、それぞれの医療や介護、社会制度の歴史を背負い、異なる問題や課題も抱えている一方で、今後、認知症の人をどのように地域・社会で支えていくかについての理念と基本的方針、また、それに基づく基本戦略には、多くの共通点が見出されました。以下、本シンポジウムの概要として各国認知症国家戦略の共通する基本理念とその共通戦略をまとめます。

<共通する理念と推進体制>

(基本的理念):認知症の人の思いを尊重し住み慣れた地域での生活の継続を目指す
(推進体制):首相・大統領レベルのリーダーシップ、および当事者・市民の国家戦略や地域施策立案・実施・評価の各プロセスへの積極的な関与

<住み慣れた地域での生活を可能とするための共通戦略>

  • 認知症に関する普及・啓発
    認知症に対するスティグマの克服、認知症を持ちながらも地域で活き活きと暮らせるというポジティブなイメージを定着させることが重要。認知症についての不安や恐怖を惹起することによる早期受診の促しは、認知症へのスティグマを強め逆効果となる可能性があると言われています。

  • “早期診断”ではなく“タイムリーな診断“
    今回のシンポジウムに限らず、この数年で「認知症の早期診断」という言葉は、国際的な政策議論の場で意識的に使われなくなりました。安易なスクリーニング政策により、認知症への偏見が強まること、また、明らかな発症の前の治療の有効性が現段階で確かではないことから、早期診断という言葉は使われず、そのご本人にとって発病後適切なタイミングで支援が提供される「社会的環境」の整備を政策的に優先させることがコンセンサスとなっています。

  • 本人の意思や気持ちの尊重
    認知症の人の意思や希望を発病後初期のうちに確認し、それらを尊重したケアの提供を行います。これにより、病気中心の対応から人間中心のケアへの転換を確かにし、認知症の人の混乱や行動・心理症状の出現を予防し、地域生活の継続を目指します。「アドバンス・ディレクティブ」(事前の意思確認)という仕組みが各国でとられるようになり、診断後、ご本人の判断能力に基づいて、今後の人生をどこでどのように暮らしたいか事前表明し、それを尊重したケアを提供することが求められています。
  • 事後的ではなく、事前的な支援対策の強化
    これまでの問題が増幅し、危機が生じてからの対応や支援ではなく、その人や家族にとって最適なタイミングでの事前・予防的な対応・支援体制の強化が求められています。危機の早い段階でアウトリーチや電話相談で対応するサービスの普及がすすめられています。

  • 抗精神病薬使用の低減、それに代わる心理社会的支援(※)技術の開発と普及
    認知症の人に対する抗精神病薬処方により死亡リスクが高まることから、抗精神病薬の処方・使用を抑制する政策がWHO声明とともに各国でとられています。また、抗精神病薬の処方率が下がることが、認知症ケアの全体的な質的改善を示す指標ともとらえられ、国家戦略の評価指標として位置付けられています。抗精神病薬に頼らないケアを確立するために、各国では心理社会的支援技術の開発研究に大きな予算が投じられています。

  • 家族介護者(ケアラー)への支援)
    認知症の人の在宅生活継続を可能とするためには、家族介護者への支援強化は不可欠であり、カウンセリングやレスパイトなどの支援を多額な予算を投じて各国では推進しています。

以上のような課題は、今後の認知症の人とその家族を地域で支えていくための最低限の国際的な共通方針・共通戦略と考えられています。我が国の今後の認知症関連施策においてもこうした政策戦略を参考にし、地域生活を可能とする新たな認知症施策を着実かつ早急に推進する必要があります。そのためには、以上の理念を実現するために、認知症が国家的・全国民的課題であるとの認識のもとで、各国同様に政策的リーダーシップの強化を図り、同時に、政策立案およびその実施・評価プロセスへの当事者をはじめとする多くの国民の参加を促すことが重要と考えられます。

※心理社会的支援とは

心理社会的支援とは、薬物療法や身体療法以外の方法で、認知症の人と本人を取り巻く生活環境、両者の相互作用を改善する支援法全般を指します。

心理社会的支援の目的は、認知症の人の選択を尊重しつつ、生活環境にも働きかけながらご本人の持つ力を引出し、人のつながりによるサポートを強めて、ウェルビーイングを高めていくことです。

具体的には、多職種のチームが、包括的にご本人やご本人を取り巻く生活環境を評価(アセスメント)し、支援を行います。

また、家族介護者(ケアラー)への支援や、地域コミュニティへの働きかけも心理社会的支援の一環として行われます。

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