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January 2016 No.020
英国科学誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」にシナプス可塑性プロジェクトの山形要人副参事研究員らの研究成果が発表されました。
シナプス可塑性プロジェクトリーダー山形 要人
基盤技術研究職員杉浦 弘子
客員研究員安田 新
結節性硬化症は、神経系や皮膚、腎、肺など全身に良性の腫瘍ができる難病です。主な神経系の症状として、難治性てんかんや知的障害が知られています。最近は、自閉症も多く合併することもわかっています。この病気は、Tsc1あるいはTsc2という蛋白質の異常で起きることが報告されています。健常人ではこれらTsc蛋白質がRheb(レブ※)という蛋白質の機能を抑えていますが、Tscに異常が生じるとRhebとその下流のmTOR(免疫抑制薬ラパマイシンの標的蛋白質)が活性化され、病気を発症することが知られています。実際、ラパマイシン誘導体が結節性硬化症の腎臓や脳の腫瘍治療に用いられていますが、重い副作用(感染症や間質性肺炎)や治療をやめると腫瘍が元に戻るという問題があります。また、神経症状、例えばてんかんに対しては有効であった症例もある一方で増悪した症例もあり、まだ有効性が確定していません。
私たちは、結節性硬化症のてんかんや知的障害の発症メカニズムを明らかにするため、この病気のモデル動物から神経細胞を培養し、そのシナプスを調べました。シナプスは、神経細胞の軸索という突起が別の神経細胞の樹状突起に接着することによって出来ています。正常では、バラの棘のように樹状突起から少し飛び出た部分(スパインと言います)にシナプスが出来ますが、結節性硬化症では樹状突起に直接シナプスが出来ていました(図1)。スパインは先端が膨らんでおり、そこへ流入するカルシウムが高濃度になることが記憶に必要と考えられています。しかし、樹状突起に直接シナプスが出来るとカルシウム濃度が上昇しにくい(記憶障害)だけでなく、カルシウムが直接神経細胞へ入るため、細胞が興奮しやすくなる(てんかん発作)と考えられます(図2)。
まず、結節性硬化症の神経細胞にラパマイシンを作用させましたが、スパインは出来ませんでした。そこで、mTOR上流のRhebと結合する蛋白質を探し、syntenin(シンテニン)という蛋白質を見つけました。正常ではsynteninがRhebと結合していますが、結節性硬化症ではRhebから離れ、細胞内で増加することが分かりました。さらに、正常の神経細胞でsynteninを増加させると結節性硬化症のような樹状突起シナプスとなり、結節性硬化症でsynteninを減少させるとスパインが出来ることが分かりました(図1)。以上の結果から、結節性硬化症ではRhebの活性化を通してsynteninが増加し、シナプス異常を起こしていると考えられました(図1)。
結節性硬化症ではRhebが活性化する結果、Rhebからsynteninが離れ、スパイン形成の阻害、樹状突起シナプスの増加を起こすことがわかりました。逆に、synteninを減少させると結節性硬化症でも正常なシナプスが回復しました。
樹状突起に直接シナプスが出来ると、カルシウムイオンが増加しない(記憶の障害)だけでなく過剰なイオンが細胞に直接流入する結果、過剰興奮(てんかん発作)しやすくなります。
実は、Rheb自体もてんかん発作によって脳内で増加します(※)。つまり、結節性硬化症以外の難治性てんかんでもRhebが増加し、シナプス形成を障害している可能性があります。今後は、Rhebあるいはsynteninの機能を抑える薬の探索や開発が難治性てんかんや知的障害の治療のために有用であると考えられます。