HOME > 広報活動 > 刊行物 > January 2016 No.020
January 2016 No.020
東京医学総合研究所は都民の皆様向けに年8回ほど講演(都民講座)を行い、当研究所の研究成果の一端や関連する最新情報などを分かりやすくお伝えしています。
講師:東京都医学総合研究所 参事研究員原 孝彦
講師:慶應義塾大学医学部 教授・医学部長岡野 栄之
iPS細胞テクノロジーは、京都大学の山中伸弥教授が作り方を発見してノーベル賞に輝いた革新的な再生医療技術です。最初の論文は2006年に発表されていますから、来年でもう10年になります。山中教授が「iPS細胞を用いて治療法のない難病患者を助けたい」と意思表明をされて以来、iPS細胞の臨床応用研究は、西は京都大学や神戸理研、東は慶應義塾大学等の研究機関にて国家プロジェクトとして実施されています。
都医学研でも、第3期プロジェクト研究として「ヒトiPS細胞から造血幹細胞を作り出す新しい技術の開発」に取り組んでいます。なぜならば、様々なHLA型のヒトiPS細胞株から造血幹細胞を作れるようになれば、骨髄バンクや臍帯血バンクの代替品として造血幹細胞移植治療に役立つだけでなく、血液難病患者の病態を動物モデルを用いて再現することも可能になるからです。しかし、それを実現するためには、造血幹細胞が産み出される胎児期の環境を解明し、それにできるだけ近い培養系を開発しなければなりません。
第1部では、どこが技術的に難しくて、今どこまで到達しているのかについて、私が解説しました。
第2部の岡野先生には、「世界一やさしいiPS細胞の授業」と題して、ヒトiPS細胞から作り出した神経前駆細胞を用いて脊椎損傷や脳卒中の患者さんを治す再生医療技術について、歴史的背景から現在の進捗状況までをわかりやすく解説していただきました。その昔スウェーデンでは、胎児脳から取り出した神経幹細胞をパーキンソン病患者へ移植するという手術が行われていました。この方法はヒト胎児組織の供給問題によって中止になりましたが、そこで示された治療効果が今日のiPS細胞再生医療の原点となっています。一方、高齢者比率が増加している我が国では、認知症を初めとする加齢性神経変性疾患の発症率が年々増加しています。それに伴う医療費の増大は、国の財政をまちがいなく圧迫することになります。そこで、認知症等の発症を未然に防ぐ診断法と早期治療法、すなわち「先制医療」の早期導入が求められています。岡野先生によれば、アルツハイマー病患者から樹立したiPS細胞を使えば、発症年齢よりずっと前の時点での診断と治療が可能になるそうです。参加者の皆様とともに、素晴らしい医療技術の到来を実感した1時間であったと思います。
生体分子先端研究分野 原 孝彦