HOME刊行物 > Jan 2020 No.036

特集

年頭所感

正井 久雄

所長 正井 久雄

明けましておめでとうございます。本年、東京都医学総合研究所は3研究所が統合し、この上北沢の地で研究を開始してから10年目を迎えます。今年度は第3期プロジェクトが終了し、4月からは、第4期プロジェクトが新たに開始するという区切りの年になります。

1. 2019年から2020年へ

昨年の最大のできごとは、平成から令和への改元、そして新天皇の即位でありました。自分の研究人生の大部分と重なる平成時代が終焉し、時代の変遷を改めて感じます。第2にラグビーワールドカップが日本で開催され、日本は8強になり、多いに盛り上がりました。にわかラグビーファンになった方も多いのではないかと思います。第3に自然災害が各地で起こりました。9月、10月には、東日本で台風大雨被害により多くの方が犠牲になり被災されました。亡くなられた方、その御家族の皆様には改めて心からお悔やみを申し上げるとともに、現在も被災されている方にお見舞い申し上げます。Science誌により発表された科学研究の10大ニュースでは、ブラックホールの撮影が一位で、生命科学関連で、特に私たちの研究に関連の深いものは多くはありませんでしたが、日本の海洋開発研究機構において行われた、『真核細胞の進化の鍵をにぎる古細菌の単独培養成功』が選出されていました。1977年に微生物学者カール・ウーズは、メタン菌のrRNAの解析からアーキア(日本語では古細菌)という第三の生物群を提唱し、現在では、現存する生物は「細菌」「アーキア」「真核生物」の3つのカテゴリーに分類されるという説が広く受け入れられています。紀伊半島沖の深さ約2500メートルの海底で採取された「プロメテオアーカエウム」は、アスガルド上門アーキアに属します。類似した微生物が数年前に発見され、真正細菌から真核生物への進化のカギを握る生物として注目されていました。今回この微生物を、初めて地上で培養することができたことが、大きな進展であり、その結果、その全ゲノムのみでなく、形態や性質について詳しく調べることが可能となりました。この研究から、「プロメテオアーカエウム」 はアーキアに期待されるように真核細胞(ヒトが属する細胞)と共通の遺伝子を持つだけでなく、他の細菌と共存することができ、長い触手のような突起を有していることが明らかとなりました。この『触手』を用いて、後にミトコンドリアとなる細菌を飲み込んで共生を始めたのが真核生物の起源ではないかという仮説が提唱されました。地球上の生物進化の謎を解く鍵が深海にあるかもしれません。もうひとつ興味深いことに、この論文はbioRχiv(バイオアーカイブ)に掲載された時点で(正式な論文になっていないにもかかわらず)Science誌の10大ニュースに選ばれており、またNature誌でも特集されています。発見をどのように科学雑誌に発表するかという戦略を考える上で、種々のオプションが生まれており、今後このようなプレプリントリポジトリをうまく利用することは論文発表戦略の上で重要でしょう。 さて、2020年の最大のイベントは言うまでもなく東京オリンピック・パラリンピックです。7月、8月には、東京は観光客で溢れかえるでしょう。チケットを手に入れるのは至難の技のようで、我が家でも家族全員の名前を使って3回連続でトライしましたが、全部はずれました。最後の砦のマラソン・競歩も東京から去ってしまい、テレビで観戦するしかないようです。

2. 2019年の東京都医学研を振り返って

第3期プロジェクトが最終年を迎え、その成果の取りまとめの年になった2019年の研究所を振り返ってみます。1)研究所のゲノム情報研究を強力に推進するため、川路英哉副参事研究員を迎えゲノム医学研究センター準備室を設置し、2020年度の発足を目指して準備を進めました。2)昨年も多くの論文が著名雑誌に報告されました。神村圭亮主席研究員によるシナプスの可塑性とプロテオグリカンに関する研究(Cell Reports)、西村幸男プロジェクトリーダーらによる一次体性感覚野に関する研究、および損傷した脳神経経路の神経インターフェイスによるバイパスに関する研究(Science AdvancesおよびNature Communications)、小谷野史香主任研究員、松田憲之プロジェクトリーダーらによるユビキチンの新機能に関する報告(EMBO Reports)、さらに12月にNature誌にacceptされた安田さや香研究員、佐伯泰プロジェクトリーダーらによるストレスによるプロテアソームの相分離に関する報告などが挙げられます。また、クラリベイト・アナリティクス社による日本のHighly Cited Researchers 2019に、田中理事長が選出されました。きわめて名誉な賞であり、研究所として大変嬉しい受賞でありました。3)都立病院等との連携共同研究は2019年度も2件の新しいシーズ研究の応募があり、共同研究の準備が進んでいます。また、すでに開始した研究には、外部支援も得られ、具体的な実用化に向けた研究が進行しているものもあります。4)アウトリーチ活動にも力を注ぎました。8回の都民講座および3回のサイエンスカフェを開催するとともに、多くの高校生や大学生が研究所に見学に訪れました。これらの活動を通じて、研究所の研究成果を都民と共有するとともに、若者が生命科学の研究分野に興味を持ち、将来この分野を率いるような人材が生まれるように、未来の「人」づくりに貢献したいというのが私たちの希望です。

3. 2020年の東京都医学研の展望

2020年も、昨年の提言と同様に『共有』、『シナジー』、『国際化』をキーワードとして、確固たる基礎研究に立脚した研究の基盤の上に、東京都民が直面する、健康や福祉の問題に取り組みます。それらは、高齢化社会や都市生活のストレスによりもたらされる数々の疾患、多様な難病、感染症などを含みます。私たちは、分子メカニズムの解明により、新しい診断・治療法を創生し、医療に応用します。この過程で、都立病院等との密接な共同研究により未解明の疾患の病因解明などに取り組みます。具体的な予定・課題としては、1)ゲノム医学研究センターを本格稼働し、新しいゲノム解析技術の開発に基づくゲノム診断、治療への貢献を目指すとともに、都立病院等と新たな連携研究を開始します。2)心の健康プロジェクトと難病ケア看護プロジェクトを統合し、社会健康医学研究センターを発足します。これにより、より長期的なスパンで生涯コホート研究、難病ケア看護に関連する研究を遂行できるようにしたいと考えています。社会環境が疾患に及ぼす影響を解析し、疾患の予防の戦略を策定するとともに、難病、認知症などの患者の看護ケアについて提言を行います。3)『共有』、『シナジー』を促進するための 研究所内の仕組みを構築します。4) グローバル時代の『国際化』を目指した、海外大学、研究所との人的、研究交流の促進、外国人研究者・留学生の増加を目指します。2020年東京オリンピック・パラリンピックのビジョンである『多様性と調和』は効果的な研究の遂行にも重要であり、国際化はこれに貢献します。

4. プロジェクト制の意義について

思い起こせば、2005年、まだ3研究所がばらばらに存在する時に第1期プロジェクトが開始し、その間、統合に向けてプロジェクト研究の進め方についてワーキンググループが形成され、3研究所の代表が集い、喧々諤々と議論をしました。その議論をしつつ、統合の1年前から第2期プロジェクトが開始し、その2年目にようやく3研究所が一同に介して研究を開始しました。当時の議論を振り返ってみましたが、プロジェクトと研究グループあるいは研究員が1:1に対応するものかどうか、という議論がきわめて重要な議題として討議されていました。これは当時3つの研究所における研究体制あるいは研究チームの存在様式が異なっていたことに由来します。

当時のワーキンググループでは新研究所のミッションとして次の3つを掲げました。

  • 1)基礎研究の推進:医科学分野における国際的レベルの基礎研究の推進
  • 2)疾患研究の展開:東京都のスケールメリットを生かした疾病克服に資する応用研究の展開
  • 3)都民還元の推進:都民の健康増進、福祉の充実のための社会還元の推進

このミッションは現在も何ら変更はありません。当時、研究プロジェクトの課題も、これらの3つのミッションに沿った策定が提案されました。しかしながら、実際の研究プロジェクトは、それぞれの研究者・プロジェクトリーダーの研究内容に基づいて課題が設定され、その中から、基礎研究の推進、疾患研究の展開、そして都民還元の推進を総合的に進めてゆくという形態になりました。これは、科学研究がそもそも個人の興味の発露に基づいて、それを探求することにより進行することを考えたら当然の帰結であったかもしれません。

それではプロジェクト研究を行う意義は何か、ということになります。

プロジェクト研究の第一の意義は、研究を開始するにあたり目標を設定し、その目標が達成されているか、あるいは、なんらかの変更が必要かを毎年の評価委員会で審査を行い、その評価により軌道修正をしつつ、目標達成に向けて最も効率よく研究を進めてゆく指針を与えることにあります。また、評価委員会という、毎年の試練をくぐり抜ける為のプロジェクトリーダーの緊張感、Pressureは多大でありますが、これが研究所全体によい緊張感を与え、それぞれの研究者が自分の能力を最大限に発揮すべく努力するDriving forceとなっている点も重要な役割を果たしています。

プロジェクト研究の第二の意義は、上記にかかげたミッションを各プロジェクトが常に意識し、3つの視点から目標を設定し、研究成果を発展させようと研究を企画・遂行しようとしている点です。研究員一人一人が、自分の研究がどのように、新しい技術開発、疾患の治療、そして都民の皆さんの健康の増進に貢献できるかという意識をいつも持ち続けることにより、研究が新たな次元へと広がり、画期的な応用研究の芽が誕生するでしょう。

5. One for All, All for One

昨年のラグビーブームで、その精神論として “One for All, All for One” という言葉が有名になりました。直訳すると「一人はみんなのために、みんなは一人のために」ということですが、実はこのフレーズは、もともとは違う意味で使われていたようです。

17世紀初頭に宗教対立により迫害された民衆が支配者層に反乱を試み、役人をプラハ城の窓から投げ落とすという事件が起こり、その際反乱側の決意表明文の中にラテン語で「Unus pro omnibus, omnes pro uno」というものがありました。もちろん、この文章の英訳は「One for All, All for One」ですが、「一人はみんなのために、みんなは一つの目的(すなわち支配層打倒という目的)のために」と訳した方が、ぴったりきます。さらに、この言葉の後に

  • One for all and all for one but I am one
  • One for all and all for one but you are one

という言葉を続けたらどうでしょうか(このフレーズの元の出典は、Mr. Childrenの『掌』という楽曲の歌詞です)。このフレーズを研究所に置き換えると、「一人一人が研究所を発展させるために、そして、研究所全体が、医学研究の革新的な発展と、都民の健康福祉の増進という目的のために邁進する。同時に一人一人の研究者は特別な存在であり、個人の独創こそが、画期的発見の基盤である。」ということになります。研究所は、研究所としての大きな目的を掲げ、その元で、個人の発想・発見を最大限に支援し、発展させるような体制を確立したいと考えています。

6. 国際的に認知される研究所を目指して

2020年は十二支は子年、干支では『庚子(かのえ・ね)』ということになります。庚子は変化が生まれる状態、新たな生命がきざし始める状態を意味するということです。まさに、第4期プロジェクトの開始にふさわしい、新しい課題に果敢にチャレンジするのに適した年とも言えるでしょう。

本年も、東京都医学総合研究所は、地域に密着するとともに、東京都の文化のシンボルの一つとして、引き続き、研究を通じて、東京都の国際化に貢献し、国際的に高く認知される研究所を目指します。そして、私たちの研究成果が都民の皆様の健康と福祉の増進に貢献するように、研究所が一体となり努力する所存ですので、どうかご指導のほどよろしくお願いいたします。

謝辞

セクション5の記載にあたっては、https://tetsu-tama.com/「onefor-all-all-for-one」の本当の意味とその後に続けるべき言/のサイトを参考にさせていただきました。

ページの先頭へ