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ヒトの前頭葉「運動前野」は複数の領域が役割分担することで目的達成のための行動を実現させている

脳機能再建プロジェクト 主席研究員中山 義久

ヒトは目的を達成するために行為を選択し実行しています。例えばドアを開けるという行動の目的を達成するためには、ドアの種類やドアの状況に応じて「右に動かす」「左に動かす」「ドアノブを回す」などの行為を行う必要があります(図1A)。前頭葉の高次運動野がこのような目的に基づいた行為を選択する行動に関わることが、これまでの臨床研究や動物実験によって示唆されています。この一連の行動を計画する過程には、目的を決め、その目的に基づいて行為を選び、その行為を準備するといった複数のステップがありますが、高次運動野がそれぞれのステップにどのように関与するかは明らかにされていませんでした。

今回私たちの研究グループでは、行動の目的と行為を切り分ける行動課題を作成し(図1B)、目的に基づいた行為を選択する過程への高次運動野の「運動前野」の関与を、ヒトを対象に調べる研究を実施しました。目的と行為を時間的に分離することで、目的を達成する行動の準備過程の複数のステップを切り分けることができます。それぞれのステップの背景にある脳の機能的役割を明らかにするため、この行動課題を行っている被験者の脳活動を、超高磁場(7テスラ)磁気共鳴装置を利用した機能的磁気共鳴画像法 (fMRI) を用いて測定する実験を行いました。

実験の結果、行動目的の決定過程、行動目的から行為へ変換する過程、行為の準備過程の各ステップにおいて、いずれも運動前野の領域が活動することがわかりました。さらに、運動前野の中において、それぞれのステップで活動する領域が異なることもわかりました。行動目的の決定には運動前野の前方の下部、行動目的から行為へ変換する過程には前方の上部が活動し、行為の準備には運動前野の後方部から運動野(一次運動野)にまたがる領域が活動していました(図2)。この結果は、行動計画の複数のステップそれぞれに対応するメカニズムが脳内に実現されており、運動前野内の異なる部位が行動の計画過程でのそれぞれ異なるステップの処理を担うことを示唆しています。

高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違える事故がしばしば問題になりますが、この事故は行為の目的は理解しているものの、それを正しく行為として表現することができなくなる現象であると考えられます。複数の行動計画のステップが脳のレベルで分かれて表現されていることを示唆する今回の結果は、この「わかっているのにできない」現象を理解するための重要な手がかりになることが期待されます。今回の研究で見出された運動前野の役割分担の視点を発展させることで、認知症や高次脳機能障害の病態理解や新たなリハビリテーション法の開発に繋がることが期待されます。

図1. 行動目的に基づく行為の例と行動課題。 A: 行動の目的と行為の関係。目的と行為は必ずしも一対一に対応しない。B: 実験で用いた行動課題。行動目的に基づいて、手元のレバーを用いて行為を実行する。

図2. 行動の計画過程と活動が見られた脳領域。

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