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研究紹介

脂質が担う骨の新陳代謝の新しい仕組み : リン脂質による破骨細胞融合機構の発見

英国科学誌「Scientific Reports」 on-line版に入江敦主任研究員らの研究成果が発表されました。

分子医療プロジェクト 主任研究員入江 敦


体の中で古くなったり傷ついたりした骨は、破骨細胞と呼ばれる特殊な細胞によって分解され、さらにその部分に新しい骨が作られることにより絶えず新陳代謝されています。破骨細胞は人間の健康維持に不可欠な細胞ですが、一方で、体内で破骨細胞の働きが強くなり過ぎると、骨量が減って骨粗鬆症になることが知られています。

破骨細胞は、骨の血管に存在する骨髄細胞という種類の細胞が、未成熟な前駆細胞を経て、成熟した破骨細胞に姿を変えることにより生まれます(骨髄細胞から破骨細胞に変化する現象を、破骨細胞の分化と称します)。この破骨細胞分化の最終段階で、2つの破骨細胞前駆体の細胞膜(*1)同士が融合し、細胞同士が合体した1つの新しい細胞になります。この融合細胞は、さらに別の前駆細胞と細胞融合を繰り返して巨大な成熟破骨細胞となります。このように、破骨細胞融合は、破骨細胞分化にとても重要な過程であるにもかかわらず、その仕組みはほとんどわかっていませんでした。私たちは、細胞融合時に細胞膜が大きく形を変えることに着目し、細胞膜の主要な成分であるリン脂質(*2)が細胞融合の鍵となっているのではないかと予想し、破骨細胞融合の仕組みの解明を試みました。

研究の結果、破骨細胞が分化融合する際に、リン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミン(PE)の合成が特に増えていることがわかりました。そしてPEは、破骨細胞分化過程の初期段階では細胞の内側に多く存在しますが、細胞が分化するにつれて、細胞の内側から細胞表面に移行し、特に細胞融合時に細胞同士が接触する部分に多く存在していました。さらにPEに特異的に結合する試薬を用いて細胞表面上でPEが機能できないようにすると、細胞融合が阻害されたことから、PEが破骨細胞融合に重要であることがわかりました。次に、破骨細胞融合過程においてPEの合成や局在変化を引き起こす分子を探し、PEの生合成酵素の一種であるacyl-CoA:lysophosphatidylethanolamine acyltransferase 2 (LPEAT2)、ならびにリン脂質を細胞表面へ輸送する分子であるATP-binding cassette (ABC)B4とABCG1が関わっていることを明らかにしました(下図)。

この研究から、リン脂質の生合成や局在変化により破骨細胞融合が促進されることが明らかになりました。この研究は、破骨細胞の分化融合に脂質分子が関与していることを世界で初めて示した研究成果であり、将来的に骨粗鬆症といった骨関連疾患の治療法の開発に新しい可能性を拓くものです。

図. リン脂質が関わる破骨細胞融合の仕組み

図

用語解説

*1 細胞膜 :
ほ乳類の細胞は細胞膜と呼ばれる膜に覆われている。細胞膜は、多くの脂質分子が集まってシート状に広がったものが二層に重なった「脂質二重層」という構造をとっている。
*2 リン脂質 :
リン脂質は脂質分子の一種であり、コリンやリン酸といった親水性の頭部と、2本の脂肪酸がエステル結合した疎水性の尾部から構成されている。ホスファチジルエタノールアミンは主要なリン脂質の一つである。

参考文献

Irie A, Yamamoto K, Miki Y, Murakami M.
Phosphatidylethanolamine dynamics are required for osteoclast fusion.
Scientific Reports, 24 Apr 2017; 7: 46715. doi: 10.1038/srep46715.

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