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反復学習が記憶を蓄える神経細胞集団を形成するメカニズムを解明
〜記憶はどこに、どうやって蓄えられるのか?〜

米国科学雑誌「Cell Reports」に学習記憶プロジェクトの宮下知之 主席研究員が「反復学習が記憶を蓄える神経細胞集団を形成するメカニズムを解明」について発表しました。

学習記憶プロジェクト 主席研究員宮下 知之


20世紀中盤の心理学者のドナルド・ヘッブは、長期記憶は、エングラム細胞と呼ばれる神経細胞集団が、星座を構成する星々のように、同期した発火パターンを作り出すことで蓄えているという仮説を提唱しました。エングラム細胞の存在は、21世紀になってから、c-fosプロモーターを使った発現系を持つTransgenic mouseと、神経の興奮性を人為的にコントロールできる光遺伝学の実験系が開発されることで証明されました。

しかしこれらの研究は、PTSDのような1回の経験だけで形成される長期記憶を蓄えるエングラム細胞を対象にしていました。なかなか憶えられない事は、記憶が定着するまで、何度もくり返す反復学習が必要になります。これはすなわち、憶えたい記憶をコードするエングラム細胞を作り出す必要があるということです。

しかし反復学習によってのみ形成されるエングラム細胞が、どのように形成されてくるかは全くわかっていませんでした。記憶を作るために必要な情報は、多くの神経細胞に入力してきますが、その一部の神経細胞が何らかのメカニズムにより、選抜されてエングラム細胞になっていくと考えられています。

私達は、ショウジョウバエが、間隔をあけて反復学習を行うと長期記憶が形成され、間隔をあけないと長期記憶が形成されない事を利用し、エングラム細胞が形成されるメカニズムを明らかにしました。MAPK※1は学習によって活性化する長期記憶形成に必須の酵素ですが、間隔をあけた反復学習時にしか活性化されないことを見出しました。MAPKの活性化できる十分な「間」の無い反復学習は、長期記憶が形成されない、すなわちエングラム細胞は形成されません。MAPKはCREB※2と呼ばれる転写因子を活性化し、c-fos※3を発現させます。c-fosも転写因子でMAPKによって活性化し、CREBを発現させます。反復学習を行うことで、c-fosがCREBを、さらにCREBがc-fosを発現させる転写サイクルが、CREBの発現量の高い神経細胞を生み出します(図)。CREBの下流ではいわゆるシナプスの可塑性に必須の遺伝子群が発現し、記憶を蓄えるポテンシャルを持ったエングラム細胞が生み出されます。

このような結果から、反復学習によってエングラム細胞を形成するメカニズムが明らかになりました。今後は記憶障害等でのエングラム細胞の形成の有無と、記憶の読み出し機構の解明が進むのではないかと期待しています。

GraphicalAbstract

用語解説

※1. MAPK(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ):
タンパク質リン酸化酵素の一つ。MAPKファミリー(ERK, JNK, p38など)の総称としても用いられる。

※2. CREB(cAMP response element binding protein) :
転写因子の一つ。長期記憶の形成に必須の遺伝子。記憶形成に必要な遺伝子発現を制御している。

※3. c-fos:
転写因子の一つ。CREBの下流で最も早く発現する遺伝子の一つ。


宮下 知之
学習記憶プロジェクト 主席研究員

ショウジョウバエを使うことでしか明らかにできない、ほ乳類とも共通の記憶メカニズムを解明することを目標に研究を進めています。最近は学習におけるグリア細胞の機能に注目して研究をおこなっています。また、ショウジョウバエで得られた研究成果をほ乳類に還元しようとする試みも数年前から始めています。休日は趣味でヨット(ディンギー)をやっていて、昨年は中学生の息子と世界選手権に出場するという大きな夢を叶えることができました。

宮下知之、ヨット(ディンギー)
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