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Jul. 2014 No.014
認知症・高次脳機能研究分野 副参事研究員野中 隆
アルツハイマー病、パーキンソン病あるいは筋萎縮性側索硬化症(ALS)に代表される神経変性疾患では、患者脳の神経細胞内に特定のタンパク質からなる異常な凝集体(固まり)が形成され、これが神経細胞死を引き起こし、最終的に発症すると考えられています。 ALSではTDP-43というタンパク質が細胞内で不溶化・蓄積し、異常な凝集体を形成することが分かっていますが、この凝集体形成によりどのようにして神経細胞が障害されるのかは分かっていませんでした。 今回、私たちは、培養細胞を用いて、TDP-43が引き起こす細胞毒性のメカニズムの一端を明らかにしました。
患者脳に蓄積するTDP-43の特徴の一つとして、全長TDP-43が切断を受けて生じた断片が多く蓄積していることが報告されています。 そこで、私たちは、培養細胞に全長TDP-43やその断片を過剰発現させてみました。 その結果、全長TDP-43を過剰発現した細胞では、患者脳に見られるTDP-43の凝集体形成は見られませんでしたが、顕著な細胞死が観察されました。 またこれらの細胞ではアポトーシスが誘導されていることも判明しました。 一方で、TDP-43の断片を過剰発現した細胞では、患者脳に見られる異常な凝集体が観察されました。 これらの細胞では顕著なアポトーシス様の細胞死は見られませんでしたが、その代わりに細胞増殖の抑制が認められました。 さらに、これらの細胞内で形成されたTDP-43凝集体を詳細に解析したところ、他の遺伝子発現に必須なRNAポリメラーゼIIや転写因子がTDP-43凝集体に巻き込まれるように一緒に蓄積しており、そのためこれらの細胞では,様々な遺伝子の転写活性が低下していることが判明しました。 以上の結果より、TDP-43による細胞毒性には2種類の異なるメカニズムが存在することが明らかになりました。 すなわち、一つは、細胞内の正常なTDP-43量が増加することにより、アポトーシス様の細胞死が誘導されること、またもう一つは、TDP-43凝集体形成により、様々な遺伝子の発現に必須な転写関連タンパク質が凝集体に巻き込まれてしまい、その結果、細胞増殖に必要な遺伝子発現が抑制され細胞毒性が生じることの2つのメカニズムが存在することが初めて明らかにされました。
これまでは、細胞内のTDP-43量は厳密に制御されており、その量が少なくても多くても細胞にとっては良くないことが知られていましたが、なぜ多いといけないのかは分かっていませんでした。 また凝集体による細胞毒性もどのようなメカニズムで引き起こされるかは不明でしたが、今回の研究でその一端が解明されました。 実際の病気の発症を考えると、ALS患者脳においてTDP-43発現量の増加はこれまでには報告されていないことから、脳におけるTDP-43量の増減というよりはむしろ、凝集体形成による細胞毒性がALS発症の原因ではないかと推察されます。
この研究成果は,英国科学雑誌「Human Molecular Genetics」に掲載されました。
Yamashita M, Nonaka T, Hirai S, Miwa A, Okado H, Arai T, Hosokawa M, Akiyama H, Hasegawa M. Distinct pathways leading to TDP-43-induced cellular dysfunctions.
Hum. Mol. Genet. (2014) doi: 10.1093/hmg/ddu152