HOME広報活動刊行物 > Jul. 2014 No.014

研究紹介

パーキンソン病の発症を抑制する細胞内の小分子を発見
− 病理解析や診断マーカーの開発につながる発見 −

蛋白質リサイクルプロジェクトリーダー松田 憲之

研究の背景

パーキンソン病は、神経伝達物質であるドーパミンを産生する神経細胞が失われることにより、安静時のふるえや歩行障害、姿勢保持障害、動作緩慢などの運動障害が起こる病気です。 病状が進行すると自律神経障害、記憶力低下などの認知機能障害、幻視やうつなどの精神症状が現れることもあり、最終的に自立した生活が困難になる危険性があります。

パーキンソン病は日本国内だけでも15万人を超える患者がいる難治性の神経変性疾患であり、また高齢者ほど患者数が多く、65歳を超えると1%以上の人が罹患するといわれています。 社会の高齢化が進むにつれて患者数は増え続けており、病気が発症する仕組みの解明と、早期診断法や根本的な治療法の確立が社会的に強く求められています。


研究成果の概要

筆者らは、その機能が失われるとパーキンソン病が発症する“パーキンソン病の原因遺伝子”PINK1とParkinに着目して研究を続けており、今までにも両者が協調して異常なミトコンドリアを処分しており、その経路が破綻して異常ミトコンドリアが増加する為に遺伝性パーキンソン病が発症することなどを明らかにしてきました。 本研究では当研究所の田中啓二所長らとの共同研究を通じて、ユビキチンという細胞内に存在する小さなタンパク質がリン酸化されたものが、遺伝性パーキンソン病の発症を抑える為に働くことを世界で最初に明らかにしました。 リン酸化というのは、リン酸という物質をタンパク質に付けることで、細胞の中で情報を伝達する仕組みです。 積年の謎であった、PINK1 が細胞の中で「このミトコンドリアが異常です」という情報を伝達する仕組みを、「ユビキチンのリン酸化」という分子のレベルで解明したことになります。 つまり、正常な状態では、PINK1がミトコンドリアの異常を認識するとユビキチンをリン酸化してParkinを活性化することで、細胞内の異常ミトコンドリアが除去されますが、遺伝性パーキンソン病ではPINK1はユビキチンをリン酸できずにParkinを活性化することができません。 その結果として、どのミトコンドリアが不良品であるかという情報が細胞の中で正しく伝わらず、異常なミトコンドリアが除去されずに蓄積するために、脳内のミトコンドリアの品質が低下して、パーキンソン病が発症すると考えられます(図参照)。 つまりリン酸化ユビキチンは遺伝性パーキンソン病の発症を抑える為に働く分子です。

図:本研究で明らかにされたリン酸化ユビキチンの機能

図

発見の意義

本発見は、純粋に基礎科学の成果として重要なものであると同時に、パーキンソン病の新しい早期診断法の開発に寄与することが期待される成果であり、権威ある英国科学雑誌「Nature(ネイチャー)」に発表されました。本研究は、新しいパーキンソン病の病理解析ツールや診断マーカーの開発につながる発見だと考えられます。例えばリン酸化ユビキチンに由来する信号を質量分析装置で捉えることによって、放置するとパーキンソン病の発症につながるような‘細胞内のミトコンドリア異常’を高感度で検出することなどが期待できます。


参考文献

Koyano F, Okatsu K, Kosako H, Tamura Y, Go E, Kimura M, Kimura Y, Tsuchiya H, Yoshihara H, Hirokawa T, Endo T, Fon EA, Trempe JF, Saeki Y, Tanaka K and Matsuda N.

Ubiquitin is phosphorylated by PINK1 to activate parkin.

Nature 2014 Jun 5;510(7503):162-6. doi: 10.1038/nature13392.

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