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特集

うつ病の病態を解明し、新規診断・治療法を開発する

うつ病プロジェクトリーダー楯林 義孝

楯林 義孝

私がこの原稿を書いている4月14日、日経平均株価終値は2万円にわずかに届きませんでした。もし終値が2万円の大台を超えると、実に15年振りとなるそうです。バブル崩壊後、株価が2万円を切ったのが、1992年。そこから実に23年間、失われた20年とも称される時代が、いよいよ終わろうとしているのかも知れません。

この20年間、日本の精神医学界にもさまざまな出来事がありました。まず思い浮かぶのは1998年、年間自殺者数が急増し、3万人の大台をいきなり越えたことです(注:ここ2年間は3万人を下回っています)。交通事故死者数が年間1万人を切る一方で、自死を遂げる人が急増し続けた背景には、経済問題に加え、うつ病患者数の増加があるとされます。実際、統計上は精神疾患患者数、とりわけうつ病患者数は増加の一途をたどりました。そこで平成23(2011)年、社会保障審議会医療部会において、国が重要な疾患および医療対策事業として定めた「4疾病5事業」に、新たに「精神疾患」を追加し、「5疾病5事業」とする意見がとりまとめられました。それを受けて、現在、各都道府県の新たな医療計画の運用には精神疾患も含まれています。

また、ここ20数年間、世界では精神疾患診断のマニュアル(共通)化が進みました。その大きな動きを先導したのが、アメリカ精神医学会が定めたDSMと呼ばれる診断マニュアルであります。とりわけ精神医療でなじみが深いDSM-IVが出版されたのが1994年。そして、世界的な議論を巻き起こして、2013年、約20年ぶりにDSM-5に改訂されました。その大議論の中で、はからずも明らかとなった一つのショッキングなことは、実は精神疾患の科学的原因は未だによくわかっていないという事実です。とりわけ、血液検査や脳画像検査といった客観的診断法は何一つとして存在しません。うつ病をはじめとする精神疾患の診断には、相も変わらず、専門家による診察が不可欠なのです。

うつ病を含む気分障害は再発を繰り返しやすい病気です。さらに問題なのは再発を繰り返すたびに、多くの 人の社会生活機能が何らかの形で損なわれていくことです。そのため、うつ病治療の大事なポイントの一つは、如何に再発を予防するかということになります。そのような意味で、現在の抗うつ薬を中心とする薬物療法が万全かと言えば、そのようなことはなく、臨床家は、精神療法を含め、あの手この手で患者の社会復帰を支えているのが現実です。すなわち、もう少し根本的なところで、うつ病の病態を理解し、何らかの客観的診断法を確立し、新規の治療・予防法を開発し、うつ病のクオリティオブライフを向上させることが、実際の現場では求められています。

第3期うつ病プロジェクトはそのような背景の中、2015年4月にスタートしました。本プロジェクトでは、図にお示しするような基礎・臨床研究を中心に行っていきます。

図:第3期うつ病プロジェクトの研究概要

図:第3期うつ病プロジェクトの研究概要

第3期プロジェクトでは、ヒト死後脳研究で得た知見をさらに発展させ、新開発した動物・細胞モデルを中心に、画像や血液検査などの客観的診断法の確立と新規治療法の開発にチャレンジします。


(1)患者死後脳やモデル動物を用いて病態解明を行います。

うつ病の病態研究は、今まで、抗うつ薬の薬理学的研究を中心に進んできました。しかしながら、創薬的にこれらの研究手法はほぼ限界に近づいています。そこでわれわれはまずヒト死後脳研究を行い、うつ病特異的な脂肪酸の異常や、脳細胞の一種、オリゴデンドロサイトの異常があることなどを報告してきました。今回、新たに、社会心理的ストレスによってラットなどの動物に、睡眠・摂食異常を含め、さまざまなうつ病様行動異常を起こすことに成功しました。それらモデル動物にもヒト死後脳と同様の異常が生じていることを一部既に確認しています。さらに興味深いことに、これらの異常は、既存の抗うつ薬の効果とあまり関係なく、今までの薬物療法では手の届かなかった、より実際の病態に近いものが見えている可能性が高いです。本プロジェクトではその詳細を引き続き解明し、新規診断・治療法開発につなげていきます。


(2)画像や血液検査など、客観的診断法の開発を行います。

病態解明研究はまだ緒についたところでありますが、既に診断・治療法開発につながる新規候補物質をいくつか発見しています。それらはすぐにでも臨床応用出来る可能性を秘めています。本プロジェクトでは、産学連携などを通じて画像や血液検査などの客観的な診断方法開発の早期実現を目指します。また、引き続き、より確実な診断や治療法につながる物質の探索研究を行っていきます。


(3)モデル動物や分子レベルの解析が行える細胞モデルを用いて、新規治療法・予防法の開発を、分子機序解明とともに行います。

新規性の高い物質の分子機序解明は、細胞モデルを用いることが多いです。われわれは特に成体(成人)期のオリゴデンドロサイト前駆細胞の培養系を独自に開発しています。成体脳由来の細胞系を用いることで、より成人脳に近い分子機序を解明出来ると考えられ、ひいてはより良い診断・治療法開発につながります。


さらに内外の研究機関や企業との共同研究も積極的に行っていきます。基礎・臨床さまざまなレベルの研究の積み重ねの中から、臨床応用可能なシーズ(種)を丹念に掘り起こし、産業界の協力を仰ぎながら、一つ一つ実用化を図っていく(花を咲かせる)ことを計画しています。

このプロジェクトは東京オリンピックが開催される2020年の3月末まで続けられる予定です。その時まで、予期せぬ災害や大規模なテロ、戦争、経済危機さえ無ければ、大部分の団塊世代も健康で、消費意欲も強く、活発に社会参加し続けることが予想されます。しかし、本当の意味での少子化、超高齢化の負担はオリンピック後に確実にやって来ます。また、災害なども常に心の片隅に置いておく必要があります。そして、何らかの想定外の事態が続けば、その影響は必ずうつ病などの形で高齢者などの弱者に降りかかり、社会全体の負担となります。私たちは、地道に研究を続け、上記研究の実用化を一つ一つ進めることで、それら負担を低減し、研究を支えて頂いている都民の皆様へ還元したいと決意を新たにしています。今後とも引き続き研究へのご理解とご支援を頂きたくお願い申し上げます。

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