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特集

脳卒中ルネサンスプロジェクト

脳卒中ルネサンスプロジェクトリーダー七田 崇

七田 崇

2017年4月より当研究所で脳卒中ルネサンスプロジェクトを開設させて頂きました、プロジェクトリーダーの七田崇と申します。本プロジェクトでは、脳梗塞を起こした後の脳が修復される分子メカニズムを解明することを目標としています。


脳卒中とは

日本は世界の中でも特に高齢化が進んでいます。内閣府が公表した平成28年度版高齢社会白書によると、東京都では総人口の22.5%が65歳以上の高齢者であり(2014年)、2040年には33.5%、つまり3人に1人が高齢者となることが予想されています。65歳以上の高齢者が入院する原因となった傷病は、脳卒中が1番多いことが判明しています。このように脳卒中の患者さんは今後も増加すると考えられます。本邦における主な死因ではがん、心臓病、肺炎に次いで第4位が脳卒中ですが、寝たきりの原因の1位(34.5%)は脳卒中、2位(23.7%)が認知症です(下図)。脳卒中になったからといって死に至る確率が高いわけではありませんが、後遺症が残って日常生活に支障が出る、症状がひどい場合には寝たきりになる、認知症を発症するきっかけとなる、認知症が悪化する、など発症前の元気な生活には戻れなくなる可能性があります。

脳卒中はある日突然起こり、脳が傷ついてしまう病気です。手足が動かせない・使いにくい、手足や顔の感覚が鈍い・しびれる、言葉がしゃべりにくい・分からない、目が見えにくい・物が二重に見える、などの症状が突然出現します。これらの脳神経の症状が後遺症として残ると、服を着ることができない、食事をすることができない、など日常生活の動作に支障を来すことになります。脳卒中を起こした場合には、症状の程度に応じて1~3週間の病院での治療を受け、その後はリハビリテーションを続けながら可能な限り元の生活に戻ることを目指すことになります。


脳卒中に気づいたらすぐに119番!

脳卒中は大きく分けて3つの病気が含まれています。1つは脳の血管が詰まり、脳に十分な血液が送られなくなって脳の組織が死んでしまう脳梗塞です。我が国では脳卒中の7~8割を脳梗塞が占めています。2つめは脳の中で血管が破れて出血することにより脳組織を破壊する脳出血です。3つめは脳をとりまく血管にコブ(動脈瘤)ができて破裂するなど、脳の外で血管が破れて出血するクモ膜下出血です。脳の内外で出血が起きると脳組織へのダメージが大きく、重い後遺症を残したり、時に死に至ったりすることがあります。脳卒中を起こした場合に、少しでも脳へのダメージを軽くするためには、脳神経の症状にできるだけ早く気づいて救急車を呼び、病院に行く(運ぶ)ことが非常に重要です。

見た目の脳神経の症状から、脳卒中のどの病気(脳梗塞・脳出血・クモ膜下出血)かを判別することは困難ですが、脳梗塞で、かつ条件(発症3~4時間以内に専門の医療施設に到着する、他いろいろな条件があります)が合えば、脳神経の症状が回復する可能性のある治療を受けることができます。これらは脳の血管を詰まらせた原因である血栓を溶解、または除去する治療法で、脳梗塞に対して効果があります。

脳出血の場合や、脳梗塞でも上記の治療可能時間を過ぎていた場合は、点滴(補液)などの、できるだけ脳保護効果のある治療が行われますが、脳神経の症状を回復させる効果はあまり望めません。早い時期にリハビリを始め、脳卒中の再発や症状の悪化を防ぎつつ、日常生活への復帰を目指すことになります。


脳卒中ルネサンスプロジェクトとは

脳卒中ルネサンスプロジェクトでは、様々な最新の研究技術を有する若手の研究者たちが一堂に会して、脳卒中を起こした後の脳で起こる現象を解明します。特に脳梗塞が起こった後の、脳組織の修復過程を様々な生体内分子のレベルで説明できるようにすることを目標とします。修復過程の分子メカニズムが明らかになれば、これを標的として、脳組織の修復を促進するような治療法の開発が行えます。脳卒中患者さんのリハビリテーションの効率を上げ、認知症を予防するような治療法を目指します。

「脳卒中ルネサンス」というプロジェクト名には、患者さんの社会的な「復活」という意味と、脳卒中の研究を最新の免疫学、分子生物学、神経科学、生化学を融合させた斬新な視点から「再興」するという意味を込めています。これまでの脳卒中の研究は、発症後にどのような現象が起きているかを解明する研究がほとんどでした。脳卒中の病態が悪化しないように、解明された現象から様々な薬剤が開発されましたが、残念ながら患者さんの治療効果が確認された薬剤はほとんどありませんでした。脳卒中医療の最終的な目標は、患者さんの脳神経の症状を改善することにあります。

脳卒中患者さんはリハビリテーションによって、特に発症半年後まで脳神経の症状の改善が期待できます。手足を動かしたり、物事を判断したり、人間が生きていくために脳が担う機能は脳卒中によって壊れてしまいます。リハビリテーションによって脳神経の症状が改善するということは、壊れた脳の機能を代償して修復するメカニズムも脳には備わっているようです。しかしその実体はほとんど明らかになっていません。脳の修復メカニズムを解明するために、脳を分子だけ、神経だけ、という1つの学問から研究するのでは、達成は困難を極めそうです。私共のプロジェクトでは、免疫学、分子生物学、神経科学、生化学を専門とする研究者が参画し、世界でも稀な脳卒中の基礎研究を行うユニットが形成されています。

様々な分野の研究者が集まっても、バラバラに脳卒中を研究するのでは意味がありません。それぞれの研究力を集約させるための中心的な課題が必要です。私は医学部に入学後20歳の時に、未知の現象を確かな理論と技術力で解き明かす基礎研究の世界に心を奪われました。内科医師として脳卒中診療を行った経験から、脳梗塞の際に起こる炎症メカニズムの解明に取り組んで参りました。脳梗塞後の炎症によって、脳組織は腫れて正常な脳神経を圧迫し、患者さんの神経症状を悪化させます(時に死に至る原因となります)。そもそも炎症は、細菌やウイルスなどの外敵が体内に侵入した際に起こり、外敵を排除するための生体防御(免疫)メカニズムです。脳はきれいな臓器ですので細菌やウイルスが存在しません。では、どうして脳梗塞では炎症が起こるのでしょうか。


脳梗塞と炎症

脳梗塞によって脳組織が壊死すると、身体の中を巡っている血液細胞が脳の中に侵入し炎症を起こします。血液細胞には様々な種類がありますが、マクロファージやリンパ球などが炎症を起こす細胞であり、これらの炎症細胞を脳から排除すると脳梗塞が良くなることが判明しています。このように脳における炎症は、脳卒中の新しい治療ターゲットとなることが期待されます。

マクロファージは、細菌などの外敵や壊死した組織を細胞内に取り込む(貪食する)免疫細胞です。マクロファージが炎症を引き起こす原因を生化学的に解析すると、壊死した脳の中に、マクロファージを刺激して炎症を起こさせる特別なタンパク質が存在することが分かりました。このタンパク質はマクロファージを刺激して、さらにリンパ球による炎症をも引き起こしていました。このように生体内にあって炎症を引き起こす分子はDAMPs(ダンプスと読みます。Damage-associated molecular patterns:ダメージ関連分子パターンの略)と呼ばれています。それでは、DAMPsを排除すれば脳梗塞後の炎症は軽くなり、病態が改善するのではないでしょうか。

実は、炎症を起こすマクロファージはDAMPsを排除するメカニズムも持ち合わせていることが分かりました。炎症が起こる中で、マクロファージはDAMPを積極的に排除して炎症を終わらせ、さらに脳神経を修復する分子を作り出す細胞に変化していたのです。このような炎症を収束させて修復を促す分子メカニズムは、ビタミンAの投与によって脳梗塞でも誘導でき、治療効果をもたらすことが証明できました。以上のように、脳における炎症はいつの間にか、脳神経の修復作用へと転じることが分かります。それでは、いつどのようにして脳の修復は始まるのでしょうか。

修復を開始するメカニズムについては世界でもほとんど解明されておらず、今世紀最大の謎の1つと言えます。免疫学、分子生物学、神経科学、生化学の研究力を結集してこの中心的な研究課題に挑み、都民のみなさまの健康の増進と幸せな日常生活の維持に少しでも貢献できるように、プロジェクト研究員一同邁進して参りますので、今後とも何卒よろしく御願い申し上げます。

脳梗塞・脳出血
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