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研究紹介

脳梗塞の炎症が収束するメカニズムを解明
~白血病治療薬による脳梗塞の悪化阻止を確認~

米国科学誌 「Nature Medicine」 on-line版に脳卒中ルネサンスプロジェクトの七田崇副参事研究員らが 「脳梗塞の炎症が収束するメカニズムを解明~白血病治療薬による脳梗塞の悪化阻止を確認~」 について発表しました。

脳卒中ルネサンスプロジェクト 副参事研究員七田 崇


脳卒中は我が国の死因の第4位、寝たきりの原因の第1位で、脳卒中の約7割を脳梗塞が占めています。脳梗塞は、脳に血液が通わなくなって壊死してしまう病気です。手足の麻痺や言葉の障害など日常生活に支障が生じるような後遺症が残ることが大きな問題となっていますが、脳梗塞によって脳内で起こる炎症はその後遺症の程度を悪化させます。脳内の炎症を制御する方法はないものでしょうか。

私たちの身体の中で、傷ついた組織は一過性に熱を持って赤く腫れます(=炎症)が、その後は自然と傷が治っていきます(=修復)。脳梗塞に伴う脳内の炎症も同様で、脳組織が壊死して傷ついたために炎症が起きますが、その後は自然に治まっていきます。脳には自然に炎症を終わらせる(収束させる)ためのメカニズムが備わっているのではないでしょうか。そこで今回私たちは、脳梗塞後の炎症が収束に至るメカニズムを解明し、炎症の収束を早める治療法の可能性について検証しました。

組織が損傷して炎症が起きる時には、血液を流れている白血球が臓器に侵入します。白血球にはマクロファージやリンパ球などの免疫細胞が含まれており、壊死した脳組織に侵入すると活性化して炎症を引き起こします(下図)。

脳梗塞と炎症の経過

私たちは以前の研究で、脳内で免疫細胞を活性化する分子(内因性炎症惹起分子:DAMPs(Damage-associated molecular patterns)⇒ダンプスと読みます)が、ペルオキシレドキシンと呼ばれるタンパク質であることを発見していました。正常な脳内ではDAMPsは脳細胞の内部に存在するのですが、脳組織が壊死すると細胞内の分子が細胞の外に放出されており、DAMPsも同様に放出されます。脳内に侵入した免疫細胞がDAMPsと接触して活性化されると、脳梗塞後の炎症が引き起こされるのです(右図)。

では、DAMPsが壊死した脳組織から排除されれば、炎症を起こす原因がなくなって炎症は収束するのではないでしょうか。私たちは今回の研究で、脳梗塞後の壊死した脳組織に侵入した免疫細胞がDAMPsを分解排除するメカニズムを発見しました。マクロファージはDAMPsの作用を受けて脳内で炎症を引き起こす免疫細胞なのですが、ひとしきり炎症を起こした後は、DAMPsを認識して排除する掃除機のような役割も合わせ持っていることが分かったのです。炎症が収束する時期になると、スカベンジャー受容体と呼ばれているタンパク質MSR1をマクロファージが細胞表面上にたくさん作るのですが、MSR1の働きによってDAMPsを細胞内に取り込んで効率よく排除できることが明らかになりました(下図)。

MSR1を多く作るためにはMafbという別のタンパク質の働きが必要なことも判明しましたが、実はビタミンAがマクロファージに作用するとMafbの作用を増強して、MSR1によるDAMPsを排除する効果を促進することが分かりました。私たちはビタミンAの誘導体であるタミバロテン(AM80:既に白血病に対して使われている治療薬)が、脳梗塞後のマクロファージに作用して炎症の収束を早める効果があることを証明しました。 脳梗塞後の炎症が治まると、自然と脳を修復するメカニズムが働くのではないかと考えられます。どのようにして脳は治っていくのでしょうか。今後の研究で明らかにしていきたいと思います。


参考文献

Shichita T, Ito M, Morita R, Komai K, Noguchi Y, Ooboshi H, Koshida R, Takahashi S, Kodama T, Yoshimura A.
MAFB prevents excess inflammation after ischemic stroke by accelerating clearance of damage signals through MSR1.Nat Med. 2017 Jun;23(6):723-732. doi: 10.1038/nm.4312. Epub 2017 Apr 10.

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