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ナルコレプシーにおけるヒスチジン―ヒスタミン経路の異常を発見

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睡眠プロジェクト 主席研究員宮川 卓


研究の背景

ナルコレプシーは、睡眠発作、情動脱力発作などを主な症状とする代表的な中枢性の過眠症です。私たちの研究グループでは、これまでに代謝関連遺伝子がナルコレプシーの発症と関わることを報告してきました。現在、ナルコレプシーの病態に代謝がどのように関わるかを明らかにするための研究を行っています。

脳脊髄液のメタボローム解析

今回、ナルコレプシー患者の脳内における代謝状態を網羅的に明らかにする研究を実施しました。ナルコレプシー患者14例とコントロール17例から得られた脳脊髄液を対象に、キャピラリー電気泳動と高分解能質量分析計を接続する新たに開発された方法を用いて、代謝物を網羅的に測定しました。測定された各代謝物をナルコレプシー群とコントロール群で比較したところ、統計的に最も有意な代謝物として必須アミノ酸のヒスチジンが検出され、ナルコレプシー群でヒスチジン濃度が高いことがわかりました。次に、両群間で差が認められる代謝物が、特定の経路に存在するかを解明するために、パスウェイ解析を実施しました。その結果、グリシン、セリン、トレオニンなどの糖原性アミノ酸に関わる経路が検出されました。さらに検出された全ての糖原性アミノ酸の濃度は、ナルコレプシー群で同様に高い値を示していました。これまでに、ナルコレプシー患者では脂肪酸代謝がうまく働いていないことがわかっています。そのため、この糖原性アミノ酸濃度の上昇は、脂肪酸代謝を補完するために起こっていると推測されます。

ヒスチジン―ヒスタミン経路とナルコレプシー

前述しましたヒスチジンは、ヒスチジン脱炭酸酵素の働きによりヒスタミンに合成されます(図1)。ヒスタミンは、炎症やアレルギー反応を引き起こす神経伝達物質ですが、覚醒状態を維持する働きがあることも知られています。

そこで、ヒスチジンとヒスタミンに標的を絞って高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により脳脊髄液中の濃度を測定しました。サンプル数も最初に行った網羅的な解析よりも増やして、ナルコレプシー患者18例とコントロール28例としました。HPLCによる測定の結果、最初の網羅的解析と同様に、コントロール群に比べ、ヒスチジン濃度がナルコレプシー群で高いことが確認され、一方ヒスタミン濃度に関してはナルコレプシー群で低いことがわかりました(図2)。図1のようにヒスチジンからヒスタミンが合成されている場合、ヒスチジン濃度が高ければ、ヒスタミン濃度も高くなることが想定されます。しかし今回の結果のように、逆にナルコレプシー患者でヒスタミン濃度が低いということは、ヒスチジンからヒスタミンへの合成が適切に行われていないことが示唆されます。今後の研究課題となりますが、ヒスチジンからヒスタミンへの合成を促進することにより、ナルコレプシーの症状が改善するか検証する必要があると考えられます。

ヒスチジンからヒスタミンへの合成

図1.ヒスチジンからヒスタミンへの合成

脳脊髄液中のヒスチジンとヒスタミンの測定結果

図2.脳脊髄液中のヒスチジンとヒスタミンの測定結果

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