2026年5月21日
社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、「思春期発達におけるウェルビーイングと精神症状のずれを解明―東京ティーンコホート約3,000人の追跡調査―」についてPsychological Medicine に発表しました。

東京大学医学部附属病院精神神経科の宇野晃人助教、笠井清登教授(同大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、当研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、約 3,000 人の児童を対象とした追跡調査のデータを用いて、思春期におけるウェルビーイング(注1)と精神症状(注2)がどのように組み合わさって発達するかを分析しました。その結果、同程度の精神症状であっても、ウェルビーイングが高い群と低い群が存在することを明らかにしました。両群を比較すると、将来への希望や利他的行動、良好な対人関係はウェルビーイングの高い群と関連し、女性であることや高い世帯収入は低い群と関連していました。これまで、両者のずれは一時点のデータから示されてきましたが、本研究は大規模な縦断データ(同一の対象者を追跡調査して得られたデータ)により、その時間的な発達パターンを初めて明らかにしたものです。本成果は「精神症状があってもウェルビーイングが保たれる」要因を示し、従来の支援の枠組みを補完する新たな視点を提供するとともに、臨床から政策まで幅広い分野への応用が期待されます。
なお、本研究は英国医学雑誌「Psychological Medicine」(オンライン版:英国夏時間5月25日)に掲載されました。
思春期は、生涯にわたるメンタルヘルスの基盤が形作られる重要な時期です。WHO(世界保健機関)が健康を「病気や虚弱がないだけでなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態」と定義しているように、メンタルヘルスは精神症状だけでなく、ウェルビーイングにも注目する必要があります。両者の関係は単純ではなく、精神症状があってもウェルビーイングが高い場合や、その逆といった「ずれ」が生じうることが知られています。しかし、これまでの研究は主に一時点のデータに基づくもので、時間的な変化は十分に明らかになっていませんでした。
本研究では、大規模な追跡調査である東京ティーンコホート(注3)の 2,994 人を対象に、 10 歳、12 歳、14 歳、16 歳の 4 時点におけるウェルビーイングと精神症状の変化を解析し、その発達パターンを明らかにしました。
その結果、以下の 4 つの群が同定されました:(1)精神症状が低くウェルビーイングが高い群(55%)、(2)精神症状が中程度でウェルビーイングが高い群(20%)、(3)精神症状が中程度でウェルビーイングが低い群(17%)、(4)精神症状が高くウェルビーイングが中程度の群(8%)。(図1)
特に(2)と(3)は精神症状が同程度であるにもかかわらず、ウェルビーイングに大きな差がみられました。さらに、将来への希望、利他的行動、家族・学校・地域における良好な対人関係がウェルビーイングの高さと関連し、女性であることや高い世帯収入は低さと関連していました。
思春期における従来のメンタルヘルス支援では、ウェルビーイングの向上はポジティブ心理学などの領域で、精神症状の軽減は臨床心理学・臨床精神医学などの領域で、別々に取り組まれることが少なくありませんでした。本研究は「精神症状があってもウェルビーイングが保たれる」ための要因を示すものであり、従来のアプローチを補完する知見を提供します。また、臨床場面にとどまらず、学校や地域における保健・支援、さらには政策および公衆衛生の設計に重要な示唆を与えることが期待されます。
なお、本研究は東京大学(承認番号:10057)、東京都医学総合研究所(承認番号:12-35)、総合研究大学院大学(承認番号:2012002)の各施設の倫理委員会の承認のもと実施されました。
本研究は、「個体脳ー世界相互作用ループの時代・世代・ジェンダー影響の解明(課題番号:21H05174)」等の文部科学省科研費 KAKENHI(課題番号:20H01777、20H03951、21H05171、21K10487、 22H05211、23H02834)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(脳とこころの研究推進プログラム「国際 MRI 研究連携による AYA 世代脳発達および障害のメカニズム解明」「人生ステージに沿った健常および精神・神経疾患の統合 MRI データベースの構築にもとづく国際脳科学連携」「双方向トランスレーショナルアプローチによる精神疾患の脳予測性障害機序に関する研究開発」、脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明」)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS2021)、JST 社会技術研究開発センター(課題番号:JPMJRS24K1)、 JST 未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI21J3)の支援により実施されました。